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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第6章

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88:麦畑


「私の村は小さい。これからもっと大きくなるとしても、やはり人々の意見は吸い上げていきたい。立場が違う人たちは、お互いをよく知らなければ話し合うことも難しいから」


 クロエは去年、村を襲った事件を思い出した。

 ゴルト商会が陰謀を巡らせてエレウシス人とセレスティア人の分断を目論んできたが、陰謀がなくても多少の対立は起こっただろう。

 結果的に陰謀を乗り越えたからこそ結束が強まった。皮肉な話である。

 それに何よりもクロエの村は豊か。誰一人として食べるに困っておらず、真面目に働けば相応の収入を得られる。だからこそ心の余裕が生まれて、人に分け与える優しさがある。もしも貧しければ、互いに奪い合うばかりで憎しみが募っただろう。


(村長とロイドはどうしているかしら)


 今回の帝国行きは急な話で、体制を整える時間はなかった。だが、今後もクロエが村を離れることもあるだろう。もしも本気で王位継承権の再取得を目指すとなれば、王都と頻繁に行き来しなければならない。

 その際に村にしっかりとした体制ができていれば、クロエとしても心強い。村人たちが自分たちで考えて村を運営していく。最後の決断と責任はクロエが取るとしても、それは魅力的な考えに思えた。


「村に帰ったら、合議制を考えてみましょう。レオン、あなたも参加するのよ」


「私がですか? どのような役回りで?」


「そりゃあもちろん、村の一員としてよ。あなたは自警団のリーダーでもある。慕っている若者が多いんだから、しっかり取りまとめてあげて」


「村の一員……」


 レオンは嬉しそうに目を細めた。そんな彼の様子をヘルフリートが不思議そうに眺めている。

 春の初めに村を出発して、もうそろそろ三ヶ月。季節は移ろい、初夏になろうとしていた。







 一ヶ月の滞在期間が過ぎて、クロエは帰郷を決意した。


「ロイドと村長がいるから、村は大丈夫だと思うけど。そろそろ帰らないとね」


 迎賓館の一室でその旨を告げると、ヘルフリートは頷いた。


「そっか。じゃあ国境まで送っていくよ」


 彼は先日の宣言通り、温室の事故を調査している。魔晶核が引き起こす恐ろしい危険性について周知を進めて、一定の効果が出ていた。


「まだまだだけど、一部の人間は意識を改めてくれたよ。僕らは最先端の技術を扱っている。前人未到の領域で、効果が高いだけに何が起こるか分からない。だから良心を忘れずに研究を続けるべきだとね」


「……ええ、そうね」


 技術は平和利用だけではなく、軍事目的が先に立つ。帝国は広大な国土を持つ故に、国境の防衛に多くの兵力を割いている。だがもしも今までの兵器を大きく超える威力のものが完成したら、再び外征を始めるかもしれない。

 精霊と生命の関わりと同じくらい、クロエはその点を懸念していた。最悪の事態としては、温室で起きた事故を大規模にして他国の領土であえて起こすこと。兵器として運用すること。占領後を考えれば土地の死を招くそれは愚策の一言だが、絶対にないとは言い切れない。

 だからこそ帝国の干渉を受けるわけにはいかなかったのだ。


 そして初夏の日、クロエたちは帝都を出発した。

 帝都で縁ができた研究者や商人、元老院議員などが見送りに来てくれた。

 行程は行きよりも南回り。帝国内を西に戻り、ミルカーシュを横断してセレスティアに入ってから北上する予定である。せっかくなのでセレスティア王都に立ち寄って、弟のサルトと情報交換をしようと考えた。


 帝国の南側は気候が温暖で、大規模な穀倉地帯になっている。初夏の季節、旺盛な成長を見せる麦畑は、遠目に見ても青々しい。

 麦畑は広大でよく手入れされていた。ところどころに立ち働く人々の姿が見える。

 ところが、のどかな農村地帯に不釣り合いな大きな建物が目に入った。石造りのものものしい建築物だった。


「あれはここいら一帯の土地を制御する研究施設だよ。あそこまで大規模な実践施設はここだけで、様々なフィードバックを帝都に送っている」


「見学はできる?」


「聞いてみよう」


 ヘルフリートが掛け合ったところ、施設のごく浅い部分だけ許可が出た。ついでに併設された宿泊施設を借りて一泊することにする。

 クロエは何気ない態度を装いながら、さりげなく施設内部を観察した。入口に近いこの場所では、魔道回路のようなものは見受けられない。


「土地の制御ということは、やはり土に魔力を与えているのかしら」


「ええ、そうなります。外の麦畑をご覧になりましたでしょう。ミルカーシュや他の地域では不作続きですが、この土地は豊作ですよ」


 案内役の研究員が自信たっぷりの笑みで答えた。

 ヘルフリートが言う。


「帝都の温室の事故報告は届いているか? あそこの魔道回路とここのはタイプが似ているが」


「事故の件は聞いています。魔力が逆流したとか? ですが殿下、心配は御無用ですとも。ここの魔道回路は常に最新版にアップデートしています。穴はありません」


(あれだけ広大な麦畑を制御しているなんて、どれだけの魔力燃料が……魔晶核が使われているのかしら)


 精霊を加工した魔晶核。その複雑な虹色の輝きを思い出して、クロエは軽く首を振った。


「魔道回路の見学は可能かい? 僕は温室の事故の調査をしている。動作を検証しておきたいんだが」


「皇孫殿下といえど、関係者以外の立ち入りは禁止されています。元老院の決定です。申し訳ありませんが、ここまでとさせていただきたい」


 そう言われれば引き下がる他にない。

 クロエたちは許可された場所を見て回り、その後は宿泊施設に泊まった。簡素ながらも浴室が完備された、帝国らしい宿泊所だった。


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