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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第6章

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85:荒れ地の過去


「詳しいわね」


「我が国の魔道科学は、古代王国の技術を取り入れているんだよ。荒れ地や周辺の遺跡では、たまに古代王国の魔道技術に連なるものが出土してね。中にはエレウシス王国との関係を示唆するものもあった。実のところを言えば、魔晶核も古代の技術を転用したのさ。まぁ僕は考古学に興味が薄くて、今まで忘れていたけれど」


「……関係の示唆とは?」


「荒れ地はかつて森で、西の海岸から東の果てまでを古代王国が支配していた。古代王国は千年以上前に突然滅亡したけれど、一部の人間が西に避難したとの記述がいくつかあったはず。考古学者が推測するに、エレウシスの祖先ではないかということだ。それ以外は森の消失に伴う環境変化に耐えられずに死んだり、他にはごく一部が生き残って流浪の民――今の遊牧民の祖先となったという説もある」


 思わぬところでエレウシス人と遊牧民の関係性が示されて、クロエは内心で目を丸くした。そういえば、エレウス人は紫の花を葬送の花として扱い、遊牧民は死者の魂を紫色と信じていた。こんなところに共通性が隠れていたとは。


「研究の結果、古代王国は精霊の力を利用していたと判明している。エレウシスに精霊信仰が残っていたなら、末裔の信憑性は増すね。とはいえ、王族や貴族ならともかく、平民たちであれば知る由もないか……」


 彼は立ち上がり、クロエの肩に触れる。


「とにかく、きみの秘密は守る。魔道科学のリスクについてはよく肝に銘じておくよ。温室の研究員に話を聞いて、再発防止と危険性の周知もする。だからクロエ、僕を嫌いにならないで」


「嫌いにって」


 クロエは呆れて彼を見上げるが、いかにもしょんぼりとした表情に嘘はない。


「だって仕方ないだろ。好きな人に裏切ったと言われた上に、長年信じていた魔道科学の危険が見えてしまったんだから。研究は僕の力で変えていける。でもきみの心はきみだけのものだ。嫌われてしまったらと思うと、心が張り裂けてしまう」


「大げさね。決心してくれたのだから、嫌いになるはずないでしょ」


「じゃあ好きになる? 結婚の話、前向きに考えてくれる?」


 ヘルフリートが嬉しそうに一歩踏み出したところで、レオンはわざとらしく咳払いをした。


「皇孫殿下。その件はなかったことにと伝えたはずですが」


「はぁ? 保留だろ、保留。白紙じゃない、ちょっと先延ばししているだけだ。護衛騎士くん、職務に忠実なのはいいけど出しゃばりすぎじゃない?」


 食って掛かるヘルフリートに対し、レオンは片眉を上げた。


「前に出すぎなのは皇孫殿下も同じではありませんか」


「うわ、ストレートに無礼だな! 僕ががっついていると言いたいのか。それはその……お前も長年片思いしてみろよ! そしたら分かるから!」


 もうぐだぐだである。

 真剣な話をしていたはずが、クロエはつい笑ってしまった。久しぶりに笑ったせいで、床のタイルの継ぎ目からぴょこぴょこと草が生えてくる。


「あー、ごめんなさい。どこでも生えるのよ、私の草。おかげで村じゃあ草むしりが日課なの」


「いいじゃないか。クロエの草なら歓迎だよ」


「……いやはや。まさに蓼食う虫も好き好き、です」


 王族と皇族と騎士で室内の草むしりが始まってしまった。後からやって来たメイドがその光景に驚くあまり、転びそうになったのは言うまでもない。







 翌日は午前中のうちに魔道帝国の皇帝へ謁見となった。

 ヘルフリートによれば皇帝もムーンローズを気に入っており、一足早く届けさせた石鹸を愛用しているとのこと。それからクロエ個人にも興味を持っているようだった。

 非公式の面会だが、クロエは正装して臨んだ。魔道帝国はセレスティアよりも温暖な気候で、春の衣装は既に暑く感じる。


「涼風の魔道具を貸そうか?」


 ヘルフリートは気を遣ったが、クロエはにやりと笑った。


「結構よ。これしきの温度差、気合と根性で涼しい顔を貫いてみせるわ」


「気合と根性なんだ」


 ヘルフリートが感心している。後ろでレオンが「まさに恋は盲目」と呟いたので、足を踏んでおいた。

 いよいよ暑くなったらひんやりする草を生やそうと思っているのは内緒である。

 クロエたちは庭園の一角のガゼボに通された。周囲をぐるりと列柱で囲まれた中庭だった。よく手入れされて様々な花が咲き誇っており、美しい彫刻が施された噴水が水を噴き上げている。よく晴れた日差しが水しぶきに反射して、小さな虹を作った。


「待たせたな」


 穏やかな声に振り返ると、白髪交じりの老人が歩いてくる。簡素な身なりで従者はほんの数人。

 近づいてみると、簡素に見えた服の布地は最上級、さりげない装飾に気品が漂っていた。


「お祖父様」


 ヘルフリートが立ち上がり礼の姿勢を取った。クロエも続く。

 老人――皇帝は軽く手を上げて若者たちの挨拶を受け止めた。ゆったりとした動作だったが、しゃんと背筋が伸びている。


「よい。今回はあくまで非公式のもの。孫のお前が友人を連れてきた、そう思っているよ」


「はい。ありがとうございます」


 皇帝の口調は柔らかなのに、ヘルフリートは緊張を解かない。普段の距離感が伺えた。


「あなたがクロエ殿か」


 水を向けられてクロエはにっこりと微笑んだ。


「お目にかかれて光栄です。クロエ・ケレス・セレスティアでございます」


「うむ。ヘルフリートから話は聞いている。荒れ地だった北の土地を見事に復興させたとか」


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