84:信頼
「私の本来のスキルは【大地の精霊の祝福】。四大精霊である大地の精霊に会ったこともある。今日の事故の際も土に触れることで、大地の精霊の力を借りたの。あの暴走事故で、土と植物の魔力が強引に吸い上げられていた。まるで逆流だった。急激な魔力の枯渇で、植物たちが死にかけていた。だから大地の精霊に頼んで、土の魔力を満たしてもらった」
「精霊の祝福……。そんなスキルは聞いたことがない」
クロエの告白をヘルフリートは驚きながら聞いている。
「数百年に一度レベルの珍しいスキルらしいわ。大地の精霊に愛されて、縁をつなぐスキルみたい。最初は【草生える】だと思っていたんだけど、実は違った」
大司教ヴェルグラードが改竄を施した話はしないでおく。ヘルフリートは友人だが、皇族としての立場がある。全てを信頼できるかどうかは分からない。
「私にとって精霊は恩人で、友人で、隣人。荒れ地だった北の土地が蘇ったのも、精霊の力を借りたから。だからこそ魔晶核の『材料』を聞いて驚いてしまった」
「そうだったのか……」
話すこと、話すべきではないこと。線引きを考えながらクロエは続けた。
「大地の精霊の力を借りたら、黒と緑の光が見えるのは私も知らなかったわ。はっきりと助力を願ったのは、今日が初めてだったから。……ねえ、ヘルフリート」
クロエは彼を正面から見た。
「今更魔晶核の製作を止めてとは言わない。無駄だろうから。でも、今日のような事故がもっと大規模に起こったら。土地と生命の魔力が一気に吸い上げられたら。災害級の被害が出る可能性があると、覚えておいて欲しい」
ヘルフリートは無言である。彼は今日、確かに植物たちの枯死を目の当たりにした。彼が信奉していた魔道科学の暴走によってだ。
クロエが止めてくれたからいいものの、もしもあれを放置していたら、温室の植物だけで被害はとどまらなかったかもしれない。
土地には魔力の流れる地脈がある。被害がそこまで達すれば、どこまで拡大するか想像もできない。
長い時間を黙り込んでいたヘルフリートは、やがてぽつりと言った。
「僕が信じていた未来は、間違いだったのだろうか」
その問いに答える言葉をクロエは持たない。彼は呻くように続ける。
「僕は、僕たち研究者は、国と人の暮らしをより良いものにしたくて研究を続けてきた。魔道科学は未来の夢を描いてくれた。僕は夢を……簡単に諦められそうにない」
「諦めなくていいじゃない。技術そのものに罪はない。リスクがあると知って、あなたが歯止め役になるの。他の研究者に教えてあげて。あなたの言葉であれば、きっと届くと思うから」
「どうかな……」
ヘルフリートは苦く笑った。
「研究者はみな、自分たちの学問にプライドを持っていてね。災害になりかねないなど、聞きたくないだろう。魔道科学の発展と魔晶核回路の推進は国策でもある。僕などではとても止められないよ」
「じゃあ危険に目をつむって知らん顔をするわけ? いつか今日のような事故が起きても、関係ないと目を背けるの?」
「それは」
「明日、皇帝陛下に謁見するのよね。今日の話をするわ。私のスキルは精霊を邪悪視するセレスティアではリスクの高いものだけど、もう仕方ない。口外禁止をお願いするしかないわね」
クロエが強い口調で言うと、ヘルフリートは泣きそうになった。
「その言い方はずるいよ。僕を信じて話してくれたのに、信頼を裏切ったと言いたいんだろう」
「違うの?」
「ううっ。分かったよ。最善を尽くすと約束する。……クロエには敵わないや」
ヘルフリートは少し情けない、でもどこか納得したような笑みを浮かべた。今日の出来事をやっと飲み込めた、そんな表情だった。
「それにしても、大地の精霊か。四大精霊が実在して、しかも出会ったなんてすごいよ。どんな感じだった?」
「うーん」
クロエは腕を組む。大地の精霊は、春の乙女の上半身に冬の死神の下半身。温かさと冷酷さを同時に併せ持つ存在だった。
(性格が天然って言いたいけれど、黙っておきましょう。あと水と火の精霊に出会ったことも)
「人間の理解を超えた自然の化身だったわ。魔力は圧倒的で見ているだけで膝を折りそうになった。言葉を喋って、高い知能があるようだった」
「なるほど、普通の精霊とかなり違うね。ただの精霊は喋らないし、意思の疎通ができない。魔力もさほど強くない」
「だから捕まえて魔晶核に加工する」
「うん。魔晶核は何匹かの精霊の魔力を抽出して作っている。あまり多数だと純度が下がってしまうので、できるだけ似た属性で似た個体を探さなきゃならない。……あ、これ他言無用ね」
「はいはい」
クロエは苦笑した。ヘルフリートは研究の話になるとつい熱を込めてしまうのだ。
「けど、四大精霊がそれほどまでに強い魔力を持つならば、もしも彼らから魔晶核を作れば、とんでもなく強力なものが作れそう……」
言いかけてクロエの視線に気づいた。
「と思ったけど、やらないよ。現状の魔晶核ですら事故が起きるんだ。そこまで巨大なエネルギーは、今の技術じゃ扱いきれない」
「ええ、そうして。というか四大精霊が人間に捕まったり、ましてや加工される姿が想像できないわ。大地の精霊は友好的だったけれど、もしも怒りを買えばどうなることか」
「そうだよね……」
それから彼はレオンを見た。
「そういえば護衛騎士くんの精霊に対する見識は、セレスティアとは少し違うよね。あれはどこで学んだんだい?」
「エレウシス人の村人からです。かの国は精霊信仰が残っていたと聞いています」
レオンは表情を変えず、平坦な声で答えた。
「あぁ、なるほど。十七年前に滅亡した国か。もっと早く気づくべきだった。村に滞在していた時に、村人から話を聞いておけば良かったよ」
ふうっと息を吐く。
「そうだ、今思い出した。エレウシスは古代王国の系譜じゃなかったっけ?」
クロエとレオンは目配せをした。




