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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第6章

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81:帝都にて


「オイルマッサージをいたしますが、よろしいですか?」


「へぇ、マッサージ?」


「我が国では入浴とマッサージはセットで行うのが一般的です。是非ご体験をと思いまして」


「じゃあお願いするわ」


 香りの良い油を体に塗ってもらい、優しくほぐされる。


(わぁ、気持ちいい~)


 クロエは思わず顔が緩んだが、一国の王女とあろう者がだらしない姿は晒せない。すぐにキリッとした表情に切り替える。


「あら。悪くないわね」


 などと余裕ぶってみせた。内心では領地でもマッサージ文化を取り入れようと決意していた。

 一通りの施術を終えて部屋に戻ると、ほどなく食事の時間となる。ヘルフリートは戻っていなかったが、迎賓館の管理人が「構わず食事をしていて欲しいと、皇孫殿下からの言伝です」と言ったので、レオンと二人で遠慮なく食べた。

 魔道帝国はセレスティア王国の東に位置するが、南に領土が広がっている。おおむね温暖な気候で、料理も南国を思わせる食材が多かった。


 食事を終えてくつろいでいると、しばらくしてヘルフリートが戻ってきた。


「遅れてごめん。食事は楽しんでもらえた?」


「ええ、もちろんよ。お風呂も入ったわ。すごい設備で驚いちゃった」


「それは良かった。皇帝陛下へのお目通りだけど、二日後に決まったよ」


「早いわね」


 クロエが驚くと、ヘルフリートは少し照れくさそうな表情になった。


「陛下も……お祖父様もクロエの話に興味を示してね。時間を取ってくださったんだ。それで明日は一日空くから、見学をしよう。僕の所属する帝国大学の研究機関に予約を取ってきた。色々面白いものが見られるよ」


「そっちも早いわねぇ」


「僕の研究成果もあるからね。クロエに見てもらいたくて」


 得意そうに目を輝かせる彼は、クロエが知る学生時代の姿そのままだ。懐かしい気持ちになりながら、その日は終わっていった。







 翌日、クロエはヘルフリートに案内されて魔道帝国の研究機関へとやって来ていた。

 研究所の敷地は広く、いくつもの建物が並んでいる。ヘルフリートはその中の一つにクロエを招き入れた。


「ここが僕の研究室だ」


 通された部屋は雑然として、たくさんの本や書類が積み上がっている。室内は広く、机に向かっている人が何人かいた。ヘルフリートに気づくとみな挨拶をしている。


「これを見て」


 部屋の中心近くに配置された机の上には、大きなガラスの箱。その中には、かつてクロエに譲り渡されたよりも何倍も大きな魔晶核が置かれていた。


「このガラスは特別製で、魔力の影響を緩和してくれる。でもあまり直視はしないでね」


「…………」


 クロエは息を呑む。小さい魔晶核も複雑な光を放っていたが、これは比べ物にならない。七色の光を内包して、チリチリ、しゃらしゃらと涼やかな音さえ聞こえてきそうだ。そう、『まるで生きているかのように』。

 そして――胸騒ぎはひどく大きくなっている。


(魔力の塊。魔法を使う存在。……精霊)


 クロエは自分自身の考えに身震いをした。彼女が出会った精霊たちは、いずれも四大属性の名を冠する最高位のもの。強大な力と高い知性を持っていた。

 だが村長は言っていたではないか。普通の精霊はごく小さな生き物で、力も意思も弱く、ちょっとした魔法を使っては消えてしまうと。

 思わずレオンを振り返れば、彼は魅入られたように魔晶核を見つめていた。鋼色の瞳に虹色の光が反射して、この世のものではない色彩が灯っている。


「レオン!」


 叫べば、レオンははっとしたように我に返った。やっと魔晶核から視線を逸らし、クロエを見る。だがその瞳はどこかぼんやりとしていて、クロエは不安になった。


「おや、護衛騎士くんは案外魔力適性が高いんだね。ガラス越しに眺めて魔力酔いするなんて。きみのスキルは何?」


 ヘルフリートが興味深そうにレオンの瞳を覗き込んだ。


「……【剣術(中)】ですが」


「あれ? 魔力系のスキルだと思ったのに。そんなこともあるのか。こりゃあガラスの魔力拡散度が足りないな、改良しないと。クロエも魔力が高いよね、もう見ないでおいて」


 ヘルフリートは言って、ガラスの箱に布をかける。


「ヘルフリート……」


 クロエは絞り出すように言う。


「この魔晶核、まさか、精霊から作ったの……?」


 ヘルフリートは弾かれたようにクロエを見た。少しの沈黙の後、何度か迷うように口を開いては閉めて、とうとう答える。


「どうして分かったんだい?」


 肯定。クロエの懸念が当たってしまった。







「私だって精霊を見たことがあるから。この魔力の光は、彼らが放つものに似ている」


 クロエは半ば嘘を言った。彼女が出会った上位精霊たちの魔力は、虹色ではなかった。それぞれの属性に対応した色をまとって、圧倒的な存在感を放っていた。

 だが気づいてしまったのだ。封印されて弱っていた水の精霊の気配と、魔晶核の魔力の波とが似ていると。クロエは魔力感知スキルの持ち主ではない。しかし精霊に対して一際高い感受性を持っている。

 クロエが感じた胸騒ぎの正体は、小さな結晶体に閉じ込められた精霊たちの声を聞き取っていたからかもしれない。


「精霊は別に珍しい存在じゃないからね。セレスティアじゃあ見かけなかったが、帝国内ならけっこういるよ」


 ヘルフリートはやや慎重そうに答える。


「きみの言う通り、これは精霊を特殊な製法で加工したものだ。精霊は古くは小さな魔法を使うだけの存在だと思われていた。つまり魔力を持っている。そこに着目して、高純度の魔力燃料へ昇華させるのに成功したんだ」


「加工ですって……!?」


 クロエは首を振る。


「精霊は生き物なのよ。それをまるでモノを扱うみたいに!」


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