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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第6章

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76:温泉と


「あとは祝福された作物の種かな。あの種を他の土地に植えた場合、やはり祝福の特性が引き継がれるのかどうか」


「セレスティア国内ではまちまちだったわ。この土地ならかなりの確率で作物も祝福されるのだけど」


「やっぱりこの土地の特性が大きいんだねえ。何とも不思議だ。魔力測定の範囲内では、魔力が豊富といえど常識の範囲内なんだけどな。長年荒れ果てた土地だったのに、近年は周囲の不作と無関係の豊作。火山に至ってはほんの十日ほどで生まれたというじゃないか。調べがいがあって腕が鳴るよ」


 ヘルフリートは無邪気に言うが、クロエは内心で冷や冷やしていた。

 北の土地の特異な性質は、間違いなく四大精霊たちによるもの。特に大地はクロエの存在と意思によく呼応してくれる。

 最近の彼女は草生えるスキルを使いこなして、見知らぬ草ですら生やせるようになった。望む草を思い浮かべると、大地が応えてくれるのだ。その奥に大地の精霊の存在と愛情を感じて、何ともむず痒くなる時もある。

 愛し子と呼びかけた大地の精霊は、確かにクロエを気にかけていた。


 魔道帝国は救世教の影響をあまり受けていない国である。国内に教会は点在しているし、一部の元老院議員が熱心な信者ではあるが、それだけだ。

 帝国は古めかしい精霊の概念よりも魔道科学を信奉していて、人間の手で自然を克服しようとしている。努力と研鑽を重んじる救世教の教えとある意味では同じ方向を向いているのかもしれない。

 精霊に愛されているクロエとしては、その是非は判断できない。ひたすらに未来を夢見て研究に打ち込むヘルフリートを眺めていると、可能性を感じる反面でどこかに引っかかりを覚える……。


 雑談を交えながら進む話を、ロイドがメモを取りながら聞いている。レオンは控えめな態度ながらも、ヘルフリートの言動を観察していた。


 やがて馬車は火山に到着した。

 魔道帝国の学者や護衛たちがヘルフリートの周囲に集まって、登山路の確認をしている。


「じゃあちょっと行ってくる。定点観測で三時間もあれば終わると思う。温泉に入って待っていてくれ」


「そうするわ」


 小さな火山を登っていく一行を、クロエは麓から眺めた。







 温泉地は当初の素朴な岩風呂から整備されて、今では男湯・女湯と別れている。地熱を利用した温熱療法の小屋やサウナもあった。いずれもミルカーシュ人の指導のもと、村人たちが手の空いた時にコツコツと作ったものだ。

 周囲には宿泊施設として遊牧民の移動式天幕がいくつか建っている。木材を仕入れられるようになったので、アオルシの父である族長と協力して数を増やしたのだ。湯治客に好評で、既に初期投資は回収できた。


 天幕の布部分は、今は冬なので分厚い羊毛織りの布。これが夏ならば薄手の亜麻布などになる。

 羊毛織りも遊牧民とミルカーシュ人の技術を取り入れて、他の村人たちが学び中だった。織り機を何台か導入し、冬の手仕事として意欲的に練習を重ねている。

 羊毛は村の羊の毛を刈ったもの。春から夏のうちにかけて刈り込み、よく洗って干してある。


 今年は移民が来て一年目だったし、ゴルト商会のゴタゴタもあった。来年はもっと色々なものを充実させたいとクロエは考えている。


「さぁて、温泉に入りましょう」


 周辺を見て回り、一通り声がけをした後、クロエはウキウキと温泉に向かった。彼女も今ではお風呂の虜である。

 女湯の手前でレオンが立ち止まったので、冗談めかして言ってみた。


「領主権限で今は貸し切りだから。一緒に入る?」


 どうせ寝言は寝てから言ってください、とか、王女として領主として冗談としてもふさわしくない、とか、お説教的な嫌味を言われると思っていた。ところがレオンはしばらく無言になった後、ボソリと答えた。


「殿下が心から望まれるのであれば、やぶさかではありませんが」


「……は?」


 思いもよらぬ方向から言葉がやってきて、クロエはぽかんとする。まさに鳩が豆鉄砲を食らった顔になっていただろう。

 レオンは最初は笑いを噛み殺し、とうとう堪えきれなくなって声を漏らした。


「失礼。冗談には冗談で返すのが礼儀と思いまして」


「あ、うん、そうよね。冗談よね!」


 湯に入る前から赤い顔になったクロエが、ワタワタと言う。


「さすがに女湯の中まで護衛はできませんから。代わりに誰か女性に付き添いを」


 レオンは近くにいた村人の女性を呼び止めて、事情を話した。女性は頷く。


「クロエ様、どうぞこちらへ」


 女性が先に脱衣所に入って行った。クロエも続こうとして、レオンが肩に触れる。


「……今後は冗談を選んでくれ。本気にしても知らんぞ」


(ヘリオス王子モード!!)


 耳元で囁かれた言葉にぎょっとする羽目になったのだった。







 火山の調査を終えたヘルフリートらが戻ってきた。冬の寒い季節ではあるが、熱気の煙が吹き上がる火山は暑い。一行は汗をかいている。


「お疲れ様。どうだった?」


 クロエが聞くと、彼は笑顔を浮かべる。


「やっぱりここは火の魔力が強い。この土地は本当に不思議だよ。全体的に大地の魔力が濃いが、川辺は水の魔力で火山は火の魔力」


「地形に応じて魔力が変化するのは、当たり前ではないの?」


「それにしても限度ってものがある。普通はもっと混じり合っているんだ。ここまで各属性が個性を主張するようにはっきりとしていて、しかもぶつかり合わずに共存しているのは珍しいよ」


 個性と言われてクロエは精霊たちを思い浮かべた。彼らの関係性はどんなものなのだろう。火や水などの相反する属性でも、仲は悪くないのだろうか。


「いっそこの村に研究拠点を作りたいなぁ。ここの魔力であれば、良質な魔晶核を作れると思うし……おっと」


 ヘルフリートは慌てて口を押さえた。魔晶核は土地の魔力を利用して作られるもののようだ。


「さて、汗をかいてしまった。ちょっと温泉を借りるよ」


「ええ、どうぞ」


 しばらくして湯から出てきたヘルフリートは、ハチミツ水を飲んでご機嫌だ。最近はイルマの工夫と商品が増えたおかげで、レモンを絞って加えている。爽やかだと好評である。

 水は冬の今はきりりと冷たい。夏になっても氷の魔道具があれば冷やせるだろう。


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