75:魔力観測
クロエは少し頭の冷える思いで苦笑した。
魔道帝国は技術を一部開示することで、大きな儲けを得ようとしている。たとえ魔道具類の販売を国内に限ったところで、他国は密輸してでも手に入れようとするだろう。そうであるならば、さっさと正規ルートを作った上で一番大事な技術は秘匿し、先行者利益をしっかりと得る。
技術開示で恩を売り、クロエの村でやろうとしているように魔力測定などの話を通す。一石二鳥の方針だった。
ヘルフリートは机の上に並べた魔道具たちを手で示した。
「この魔晶核とミニチュア風車、氷の魔道具はきみに差し上げるよ」
「氷の魔道具は役に立ちそうだけど、風車はおもちゃ?」
「いやいや。夏に使えば涼しいから。扇であおぐよりも楽でいい」
「最新の技術なのに、ずいぶんと贅沢な使い方ね!」
クロエとヘルフリートは顔を見合わせて笑った。
笑いながらも、どこかで不安を感じていた。
こうしてヘルフリートは村に滞在を始めた。
事前の宣言通り、交易品の打ち合わせと魔力測定を行って日々を過ごしている。
牧草地の外れに小さめの風車を建てて、風と魔力の流れを計測。同時に何箇所かの地中に測定器を差し込んで、毎日記録している。
ヘルフリートは気さくな性格で、村の子どもたちにも別け隔てなく接した。
「ヘルフリートさま、これなあに?」
ミルカーシュ人の子が地中に刺された計測器を指差すと、ヘルフリートは笑って答えた。
「地中の魔力を測る装置だよ。ほら、ここに目盛りがついているだろう。目盛りが上の方になるほど魔力が高いんだ。この土地はなかなかの濃度だね」
「あっちの風車みたいのは?」
次にセレスティア人の子が風車を見る。するとヘルフリートは子どもたちを伴って連れていき、中を見せた。
「外の風に含まれる魔力を測るのさ。風車の羽が回ると、自動でこの紙に記録がされていく」
風車の歯車と連動して、長い紙に波線が描かれている。淀みなく動く自動の仕組みに、子どもたちは目を丸くしている。
「風の魔力は今ひとつだな。火山の方から吹いてくる場合は、火属性の魔力が入っているが」
紙に記録した波線を眺めて、ヘルフリートは首を傾げた。
「さて、次は火山の計測器を見に行かなければ。みんなも来るかい?」
「ううん。あたしたち塩採りのお仕事があるから、行けないよ」
「そうか。じゃあ僕だけ温泉に入ってこよう。あれは気持ちいいな!」
「わー、いいな。ぼくたちもあとでいこー!」
温泉は湯治客だけでなく、村人にもすっかり浸透した。ほとんど毎日のように風呂に入る人が増えて、おかげで村人の肌や髪はいつでも清潔である。
魔道帝国は元々温泉文化がある。ヘルフリートも村の硫黄泉を気に入って、しばしば入っていた。
彼は子どもたちの頭をちょっと撫でてやる。どの子もニコニコとしていた。
(みな、清潔で栄養が行き渡っている。この村が豊かな何よりの証だ)
「みんな。この村の暮らしは楽しいかい?」
ヘルフリートが聞くと、子どもたちは一斉に声を上げた。
「楽しいよー! おしごとが終わったら、あそぶじかんはいっぱいあるし!」
「おやつももらえるんだよ!」
「クロエ様は、勉強教えてくれるの。あたし、字が読めるんだよ」
「へぇ、クロエが……。みんなはクロエのこと、好き?」
彼の問いに子どもたちは今度こそ声を合わせた。
「大好き!」
「そっかぁ」
ヘルフリートも笑顔になって、子どもたちに手を振った。
「じゃあ、火山まで行ってくるね」
「いってらっしゃい!」
彼はクロエの天幕に行くと、火山に登る許可を求めた。
「今日は山の上の方まで行きたいんだ。いいかな?」
天幕の机で書類仕事をしていたクロエは、立ち上がって軽く伸びをした。
滞在中、ヘルフリートはちょくちょくクロエの天幕にやって来る。食事を共にする機会も多い。魔力観測の話をしたり、学生時代の思い出話をしたり。
クロエにとってもヘルフリートは身分が同等で、しかも旧友。楽しい時間を過ごしていた。
「いいけど、気をつけてね。噴火はもうしていないけど、あちこちで煙が上がっているから。私も付き合いましょうか?」
「じゃあ麓まで頼むよ。登山は帝国の人間だけでやるさ」
「道中、交易品の話を進めましょう」
村から火山の温泉まで、冬の期間を利用して道を整備した。徒歩であれば二時間足らず、馬車ならば一時間の距離である。
クロエとヘルフリート、それにレオンとロイドが馬車に乗り込んで出発となった。
「交易品は、やはりムーンローズとその加工品が目玉になるね。次点で魔牛のチーズ」
と、ヘルフリート。
「あの紫の花は他の植物よりも魔力が多く含まれている。効能はもとより、研究材料としても有用だよ」
「株分けしたいところなんだけどね。この村の周辺じゃないと、上手く根付かないの」
クロエは答える。ムーンローズを欲しがる人間は多い。そのため苗木や接ぎ木で他の土地で栽培しようとしたのだが、今のところ全滅している。
北の土地の風土に特化した花なのか、それとも魔力の問題なのか。あるいはクロエの草生える――大地の精霊の祝福に関するものか。理由は分からない。
「残念だよ。まぁそれなら、ドライフラワーとして輸入しようかな。研究用以外でも、あの石鹸は気に入っているし」
ヘルフリートはよく温泉に入るので、ムーンローズ石鹸を愛用していた。おかげで彼の体からはいい匂いが漂っている。そして魔牛と魔羊からは嫌われていた。
香りを漂わせたまま魔羊に触ろうとして、魔牛に頭突きされたのは笑い話になっていた。




