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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第6章

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72/118

72:予兆


 北の村の秋が終わり、冬が訪れようとしていた。クロエにとっては二度目の冬である。

 夏の裁判での勝利は、クロエの立場を確かなものにした。もはや彼女は追放された無能姫ではなく、王位継承権の復帰もあり得る有望な王女だ。

 王都での人脈を再形成したこともあり、クロエの領地はますます賑わいを見せていた。

 ゴルト商会以外の真っ当な商会が来るようになって、豊作だった村の作物や名物を盛んに取引していた。


 名物のムーンローズを使った石鹸とポプリは北の土地の代名詞となっている。

 石鹸は主に富裕層。ポプリは庶民や旅人、行商人に大人気だ。

 ムーンローズのハチミツは香り高く、とても甘い。こちらは高級品として出荷される他、村で料理やお菓子に使われている。


 次に祝福された野菜や麦。クロエの目論見通り、二年目は祝福された作物の割合が増えた。

 いずれも品質が高くて人気になっている。特に麦やカボチャ、玉ねぎは日持ちがするので、商人たちが買い付けては遠くまで運んでいく。

 魔牛と魔羊の生産品も評判が高い。チーズは遊牧民の作り方の他、エレウシスやセレスティアの製法を取り入れ始めた。

 同じ作り方でも原料の乳が違えば異なる味わいになる。村人たちは各種のチーズを食べ比べながら、あれこれと製法を試していた。


 温泉地も人気だ。

 遊牧民の移動式天幕を宿泊所とした物珍しさも手伝って、多くの湯治客が訪れるようになった。

 腰痛やリウマチなどの持病を抱えた人の他、美肌を目指す女性たちの姿も多い。

 湯治客の応対は主にミルカーシュの老人たちが担当している。彼らは温泉に詳しいので、湯の管理や湯治の指導などもやっている。


「見て見て! ニキビがひどかったのに、温泉に毎日入っていたらきれいなお肌になったのよ!」


「わしは腰痛が良くなったよ。湯に入って、地熱小屋で腰を温めていたら痛みが消えてなあ」


 客たちは嬉しそうだ。

 温泉のお湯だけでなく、地熱を利用した温熱療法の小屋やサウナなども作られている。

 そうして体を温めた後は、イルマたちが作った料理に舌鼓を打つ。


「治療に来たんだが、体が良くなってもまた来たいよ。だって温泉は気持ちいいし、料理は美味しいし。楽しいことばかりだ」


 客たちの多くは帰り際にそんなことを言って、また来ると約束してくれた。







 村に人の出入りが多くなった分、クロエの領主としての仕事は増えた。新しい商人の交易許可を出したり、入植希望者に対応したりと忙しく過ごしている。

 補佐としてロイドが活躍している。彼はゴルト商会で各種の仕事をこなしていたので、書類仕事から新しくやって来た人の面接まで何でもできる。


「クロエ様。新規の交易申請の書類をまとめておきました」


「ありがとう。助かるわ」


 村人たちは最初、ゴルト商会の手先だったロイドをやや不信の目で見ていた。が、村のために手間暇を惜しまず働く姿を見ているうちに評価を改めた。今では困り事があると相談を持ちかけている。


 村はおおむね良い方向に向かっているが、問題がないでもない。

 まずは何と言っても人手が少ないこと。元からのエレウシス人とミルカーシュ人、遊牧民を合わせて七十人足らず。春にやって来たセレスティア人の移民が百人程度。この人数で農業と温泉地の運営、交易の対応をするとなるとなかなか手が回らない。


「クロエ様、また入植希望者が来ています」


「最近多いわね」


「それだけこの村の評判が高まりましたから。面接をしておきますね」


 入植希望者は増えたが、無条件で受け入れるわけにはいかない。ロイドを中心に面接を行い、出自と人柄に問題がないかを確認をしていた。

 それに夏に来年の畑の灌漑かんがい工事をするはずが、ゴルト商会のゴタゴタがあって手がつけられなかった。こちらは冬に工事をする予定である。


 また、せっかく良い小麦が収穫できたのに、小麦粉にする設備がないのも残念だった。村にあるのは人力で動かす石臼を改造して、魔牛に引かせるようにしたもの。牛は力が強いけれど、風車や水車のように休みなく働く設備とは比べられない。

 石臼の数を増やしたが、村で消費する分を賄うのが精一杯。小麦粉やパンを交易品に加えるのはできなかった。


「水車があるといいんだけど、近くの川は水量は豊富でも高さが足りないのよねえ」


 技師の見立てでは水車の建設は不可能ということだ。

 かといって風車を動かすほどの風は吹いていない。この土地が荒れ地だった頃から、乾いた風が少々吹くばかりである。


 それでも村は最初とは比べられないほどに豊かになった。

 かつての荒れ地は徐々に緑の面積を増やして、既にクロエが高笑いをする必要はない。牧草地には草が豊かに茂り、魔牛と魔羊は数を増やしている。


 この土地を荒れ地と呼ぶ人は、もう誰もいなかった。







「え? ミルカーシュは今年も飢饉なの?」


 初冬のある日。自宅としている天幕の中で、クロエはフリオから話を聞いて驚いた。


「はい。去年も餓死者を多く出したのに、今年もまた多くの犠牲者が出たようです。聖都市が援助のために多くの小麦を買い付けて、そのために小麦相場が少々荒れています」


「セレスティアはやや不作でした。去年も同様で、あまり余裕はありません」


 ロイドが続ける。


「そう……。この村は二年連続で豊作だったのにね」


 クロエはちらりとレオンを見た。レオンは軽く頷く。水の精霊、大地の精霊、それに火の精霊。四大精霊のうち三体までもがこの地に姿を現していると知っているのは、クロエ以外ではレオンと村長だけである。

 精霊の封印が解かれるたび、土地の魔力は確実に上がっていった。魔力は作物の実りに直結する。昔の荒れ地が不毛の土地だったのは、魔力が極端に少なかったからだ。


(精霊が封じられていたせいで、魔力が滞っていたのだと思う。一体誰がどうやって、上位精霊のような強大な存在を封印していたのかしら。大司教は何か知っていそうだったけど……)


 クロエは軽く頭を振って考えを切り替えた。考えても分からないのは明白だった。


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