07:草どんどん生やす
「おーっほほほほ! お~~っほほほほほ!」
「あーっはっははは!」
「うひひ! うふふ!」
村の北側では、クロエと子どもたちの奇妙な高笑い合唱が山びこのようにこだましていた。
最初はクロエとペリテだけだったが、どうにも楽しそうな雰囲気に釣られて、他の子どもたちが集まってきた。今では全員が妙な高笑いを響かせながら、クロエの周囲でぐるぐると踊り狂っている。なかなかにカオスである。
その様子をレオンが「ナニコレ?」という顔で見守っていた。
「わあっ、また草が生えたよ」
「でも枯れちゃったね」
「草、かわいそう。草のお墓をつくってあげよ」
子どもたちは小さなスコップを持ち出して、抜いた枯れ草を一列に並べて埋葬している。ちょっとした草葬ラッシュである。
「みんな、枯れた草だけ抜くんだよ! 枯れてない草は大事に育てるからね」
「はぁ~い」
ペリテが『おねえさん』なのは本当のようで、もっと小さい子どもたちに指示を出していた。
子どもたちはみんな痩せこけていて、ボサボサの髪とツヤのない肌をしている。それでも子どもらしい好奇心は失っていなかったらしい。笑い狂うクロエを警戒していたのは最初だけで、すぐに一緒になって笑い転げて遊んでいた。
「おーっほほほほ! おっほほほ! ……げほげほっ」
高笑いしまくっていたクロエが咳き込んだ。さすがにここまで長く声を張り上げれば、喉が痛くなってくる。草生えるスキルは魔力も使うので、消耗が体に堪えた。
ペリテがクロエの背をさすった。その手つきはぎこちないながらも優しくて、純粋な心配の気持ちが伝わってくる。
「王女様、大丈夫? お水取ってくる?」
「……いえ、平気よ」
クロエは知っている。この荒れ地の村では井戸は枯れかけていて、水は貴重品なのだ。そう簡単に飲みたいなどとは言えない。
「さあ、もうひと頑張りいくわ。おーっほほほほ!」
「みんなも笑うよ! そんで、草いっぱい生やすよ! あーひゃひゃひゃひゃ!」
「へっへっへっへ……」
「ふっふぅ~!」
「あーもう、こんなに笑ったの久しぶり!」
子どもたちは楽しそうにしているが、一方でクロエの消耗は深刻だった。じりじりと魔力が削られていく。底をつくのはもう目の前だ。
それでもこの大地は荒れ果てたままで、草を根付かせる兆しさえ感じられない。喉は痛くて、だんだんと声が出なくなってきた。
(……やっぱり、無理だったのかも)
そんな思いが心をかすめる。クロエは追放された王女。見捨てられた民と共に、この荒れ地でゆっくりと死んでいくしかないのか。
「ひゃっほー! 草生えるー!」
「草、草~!」
「草、生えるといいなー!」
クロエは首を振った。彼女は王族で、ここは領地。民がいる以上、最善を尽くさねばならない。
王都に舞い戻るとか、王位継承権を取り戻すとか。そういった表向きの理由よりも、クロエは駆り立てられる。
魔力は尽きておらず、声も枯れてはいない。まだ最善は尽くされていないのだ。
一つ思いついて、ブーツを両足とも脱ぎ捨てた。先程の実験では、手で地面に触れていた方がスキルの効果が高かった。では素足ならどうか。それを見た子どもたちも、我先にと靴を脱ぐ。もっとも彼らの半数は、元から裸足だったが。
「王女様、手つなご!」
「ええ、いいわよ」
ペリテと右手をつなぎ、左手は別の男の子とつないだ。子どもたちは次々と手をつないで、ぐるりと輪になる。
「草、草、生えますように!」
「わはは! 草、生えますように!」
クロエと子どもたちは輪になったまま、ダンスのように回り始めた。クロエの高笑いに応じて、草が生えては枯れていく。
けれどいつからだろう、クロエは不思議な感覚を覚え始めていた。輪になった内側でだんだんと魔力が安定してくるような感覚。素足の足裏から微かな魔力が、暖かな感触となって流れてくる。それはクロエ自身のものであり、子どもたちのものでもあった。
何度も輪になって回るうちに、いつしか魔力の流れが生まれていたのだ。
子どもたちのほとんどは、何のためにこんなことをしているか理解していないだろう。彼らはただ遊びで、楽しいからクロエと一緒に笑っている。
(この子たちは、一生懸命に生きている。こんな環境の土地で、食べるものさえ事欠きながら)
右手がぎゅっと握られた。見ればペリテが笑いかけている。左手にも暖かな感触がある。王都を追放されて以来、味わうことのなかった温もりだった。
王都では嘲笑されるばかりだったのに。誰もが無能の王女を避けて、寄り付かなかったのに。このみすぼらしい子どもたちは、馬鹿みたいなスキルに笑いながら付き合ってくれている。それがただの幼い好奇心にすぎなくても、クロエは嬉しかった。
(飢え死なんてさせない。私の民は、私が必ず助ける。そのために、まずは――)
「お~っほほほほほ……!」
クロエはひときわ高く笑い声を上げる。天と地に響き渡るように、胸を大きくそらして。ありったけの魔力を込めて。
「草、草ー!」
「大草原!」
子どもたちが合いの手を入れる。
クロエの脳裏に植物図鑑の絵がよぎる。北の荒れ地でもたくましく育つ雑草の絵が。それは小さな種子として生まれ、やがて土を貫いて芽を出して、大きく育っていくだろう。
「おーっほほほほほ!」
「あっ! あの草!」
ペリテが手を振りほどいて、円の中心に駆け寄った。そこには草の芽が生えていた。何の変哲もない、この土地でなければ見過ごされてしまうだろうただの雑草。その芽は懸命に土から芽吹いて――枯れなかった。
「王女様、これ、ヒシメバだよ! 畑によく生える雑草! すごい、枯れないで残ってる」
ペリテが大事そうに手で覆う先には、小さな草の芽があった。クロエは息を呑んで見守ったが、枯れる気配はない。たくさんの枯れ草と荒れた大地に囲まれて、ぽつんとそこだけ緑になっている。
「これは、ただの雑草」
枯れかけた声で、泣きそうな表情でクロエは言った。
「でも私が――いいえ、私たちが生やした初めての草よね。これから何ができるか、まだ分からないけど。いつかきっと、この荒れ地を緑でいっぱいにしてみせるわ」
「緑で? すげー、そしたら、いろんな草が生えるね!」
男の子が笑う。
「食べられる草もあるかも! あたし、おとうさんとおかあさんにプレゼントするの」
女の子も嬉しそうだ。
「王女様、泣いてるの? 大丈夫?」
ペリテが心配そうにクロエの顔を覗き込む。クロエは瞬きを繰り返して涙を隠すと、わざとらしく笑った。
「泣いてるですって? 冗談でしょ。これは嬉し涙よ。私の領地を豊かにする夢、第一歩を踏み出したんだもの。見ていなさい、この私に不可能はないのよ。おーっほほほほ! …………あっ」
虚勢を張って高笑いしたクロエは、ぐらりとよろめいた。ただでさえ魔力が枯渇寸前まで減っていたのに、自業自得で最後のひと押しをしてしまったのである。
「王女様!!」
ペリテと子どもたちが悲鳴を上げた。
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