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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第5章

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69:決着の後


 一ヶ月の旅路を経て村に帰ると、一行は村人たちの大歓迎を受けた。

 伝令を走らせて裁判の勝利は伝えていたのだが、彼らは領主の帰還を待ちわびていたのだ。


「おかえり、姫さん、ペリテ!」


 村長が言えば、村人たちも口々に言う。


「レオン様も、おかえりなさい!」


「フリオさんもご苦労さま!」


「ロイドもいるのか。まぁ話は聞いてるよ、おかえり」


 それぞれに歓迎の言葉を受け取ると、今度は宴会が始まった。イルマが大張り切りで料理を作り、行商人から手に入れた酒が回される。


「みんな、大丈夫? 秋の収穫で忙しいでしょうに」


 クロエが言えば、村長はにやりと笑った。


「収穫も大事だが、領主様のお帰りはもっと大事だろうが。明日二倍働くから、平気ってやつよ」


 とか言いつつ、けっこうな勢いで酒が出されている。明日は二日酔いでふらふらしながら働く人が多そうだ。


「ペリテおねーちゃん、王都ってどんなだった?」


「すごかったよ。建物がおっきくて、馬車がいっぱい走ってて!」


「へぇー!」


 子どもたちはそんな話をしている。エレウシス人と移民のわだかまりはすっかり解けて、もう見分けがつかないくらいに入り混じって宴会を楽しんでいた。

 広場で焚き火が焚かれて、宴会は夜遅くまで続いた。クロエも村人たちも大いに飲み食いして、歌を歌い、踊ってみせる。

 エレウシスの歌、セレスティアの歌、ミルカーシュの歌。それに遊牧民の歌。それぞれ違った旋律で、それぞれに味わい深い歌が披露された。


 エレウシスの歌では精霊が登場する。けれどセレスティア人はさほど嫌悪していない。

 元々彼らも農民である。自然と共に暮らし、自然の恵みと厳しさを知る人々だ。


「精霊というけれど、この自然そのものと思えば、そんなに違和感はないですよ」


 完全に受け入れているわけではない。だがそれ以上に、隣人の心を認めてくれている。


(あぁ、幸せだなぁ……)


 賑やかな空気の中で、クロエはふとそんなことを思った。今年の様々な苦労を乗り越えて今がある。

 辛いことを乗り切って絆が深まった。立場や考え方が違っても、互いに互いを思いやることができる。

 この幸せを、みんなの笑顔を守っていきたい。そう、思った。







 歌い疲れて宴はお開きになり、クロエも天幕に戻る。そうしてまどろみ始めてしばし、天幕からレオンが出ていく気配で目が覚めた。

 わざとだ、と思った。レオンであればもっと上手に気配を消すことができる。意識的にしろ無意識にしろ、クロエに気づいて欲しいのだ。


 だから彼女は彼を追った。秋の月がさやかな光を降らせる中、畑を抜け、牧草地を抜けて北の川岸へと。

 月下に水が流れるほとりに彼は立っていた。手にはムーンローズの花束を持っている。ほのかに光る花びらに指をかけ、一枚ずつ丁寧にちぎっては川面へと流している。

 紫の花弁はくるくると水に飲まれては浮かび上がり、流れていく。


「……私の故郷では」


 振り返らないまま、彼は言った。白い髪に月光が降り注いで、青く揺らめくような色が映っている。


「紫の花は葬送の花でした。特にこのムーンローズは、貴人と精霊に捧げるもの。こうして川に流すのが、故人の魂の慰撫になると――教わりました」


 もっともムーンローズに関しては、もう知る人がいないのですが。彼は呟くように続けた。

 紫の花を葬送の花とするのは、エレウシスの習慣。そう思い出して、クロエは問うた。


「誰に教えてもらったの?」


「両親です。……かつて、エレウシス王と王妃だった人ですよ」


「じゃあ、あなたは」


 十六年前のエレウシス戦争で、五歳で死んだという王子。


「自害したと言われていたけれど、生きていたのね……」







「セレスティアに嫁いだ貴族の縁を頼って、秘密裏に子爵家の養子になりました。名前を変えて、身分を偽って。それ以来ずっと……」


 また一枚、花びらが川に散っていく。


「ずっと、復讐のために。セレスティア王家を、あなた方の家族を殺すことだけを望んで生きてきた」


 静寂が満ちる。さあさあと流れていく川の音が、紫の花弁を呑み込んでいく。

 クロエは思い出した。レオンは国王の護衛騎士になりたがっていた。守るためではなく、殺すためだったのか。


「どうして私を殺さなかったの?」


 意味のある問いではないと自覚しながら、それでもクロエは聞いた。


「本命は国王陛下だった。あの方がエレウシス戦争の首謀者ですから。皆殺しにできるのならばともかく、殿下だけを殺しても意味はない」


「今でもまだ、父上に復讐したい?」


「……ええ」


 少しの間が開いた。それがどんな意味を持つのか、クロエには分からない。

 一枚、また一枚、ムーンローズの花びらが川に流れていく。故人へと捧げる葬送の花が。


「守り人というのは――」


 ふと彼が口を開いた。


「エレウシス王家の血に封じられた、世界樹の守り人という役割のことです。エレウシス王家は古代王国に連なる家系。古代王国の時代は世界樹が何本も生えていて、広大な精霊の森があったとか。精霊の森には数多くの精霊たちが住まい、その力を古代王国に分け与えていた。世界樹と精霊の森こそが精霊たちの力の源なのだそうです。『いつの日か世界樹を復活させて、古代王国の栄華を取り戻すべし』。エレウシス王家に伝わる言い伝えです。――幼い頃の記憶なので、もう定かではないですが」


「世界樹と、精霊の森」


 大司教ヴェルグラードが言っていた。世界樹を発芽させれば容赦はしないと。


「世界樹の守り人は、精霊と強い結びつきを持つ。だが、世界樹の種はクロエ殿下に宿った。恐らく俺の血はもう薄すぎて、あるいは呪いが邪魔をして、守り人としての役目を果たせないのでしょう」


 彼は薄らと笑った。


「この血を拠り所に、復讐だけを念じて生きてきたのに。俺の思いは、呪いは、何だったのだろう」


 また一枚、花びらが水に舞う。彼の手の花束は、もうほとんど花弁を散らしてしまった。


「この荒れ地は、精霊の力で豊かになった。だがそれは古代王国の栄華などとは関係のない、市井の人々の営みのためにあるもの。であれば守り人は、俺は、もう必要がない。古代王国などという過去の亡霊に囚われて、復讐の呪いに取り憑かれている。もうたくさんだ。終わりにするべきだ!」


 彼は花を散らしたムーンローズの残骸を、川に投げ捨てた。その手に小さな傷が多くできているのを見て、クロエは胸を痛めた。ムーンローズのトゲを気にも留めず、流れる血に気づかず、握りしめていたのだから。


「クロエ・ケレス・セレスティア。お前の命を以て終わりにしよう。お前だけでは意味がないが、無意味な俺の生にふさわしいだろう」


 彼は剣を突きつける。クロエの首筋へと。


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