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06:生やす草選ぶ


 ペリテはクロエの足元を覗き込むと、枯れてしまった草を引っこ抜いた。


「おねえちゃん、あたし、この草は初めて見たよ。あたしは雑草抜きの名人だから、間違いないの!」


「……え?」


 ペリテが持っている草は、クロエには何の変哲もない雑草に見える。


「去年もおととしも畑でいっぱい雑草を抜いたけど、こんな草はなかったもん。ねえ、おねえちゃん。この草はなんていう草なの?」


「え、えっと?」


 雑草は雑草とそれ以上の興味を持たなかったクロエは、しどろもどろになった。草の種類を答えられるはずもない。

 とりあえず、誤魔化すように少女の髪を撫でる。


「ペリテは小さいのにえらいわね。おととしから畑で働いているなんて」


 だが、ペリテはぷくっと頬を膨らませた。


「あたし小さくないよ! 八歳だもん。おねえさんだよ!」


「え」


 ペリテは見た目には五歳程度にしか見えない。栄養不足で痩せていて、背が伸びていないのだ。

 クロエはそっともう一度、彼女の髪を撫でた。ぼさぼさで乾燥していて、ろくに手入れもできていないのだろう、もつれてごわごわとしていた。


(……弟がこの年頃の時は、ふわふわだったのに。頬だってふっくらしていたのに)


 弟のことを思い出した瞬間、ある記憶がクロエの頭にひらめいた。王都を出る際、弟からもらった植物図鑑。あれがあれば草の名前も分かるかもしれない。


「その草の名前、私は分からない。でも調べる方法があるの。ちょっと待ってね、本を取ってくるわ」


「そんな、恐れ多い」


 ペリテの祖母が恐縮するが、クロエは問題ないと手を振ってみせた。


「草を調べるの? おもしろそう!」


 ペリテは大喜びしていた。







 クロエが持ってきた植物図鑑を、ペリテは目を輝かせて見入っていた。この村のほとんどの人は字が読めない。ペリテも例外ではなかったが、植物図鑑は絵も多く描かれている。彼女の記憶は正確で、「この草は春に畑で見た」「これは秋になると生えてくる」など、さまざまな話を教えてくれた。


「この草は、これかなぁ?」


 ペリテが手に持った草を図鑑の絵を比べている。そのページには『セトゥム』と書かれていた。クロエはページを覗き込んで頷いた。


「セトゥムというのね。王都の方じゃありふれた雑草よ。最初に細長い茎が伸びて、次に葉が出てくる」


「へぇぇ~。じゃあ、こっちは?」


「若芽だから断言できないけど、ヴィッカかしら? つる状に伸びて小さな実をつけるみたいね」


「実! 食べられる!?」


 ペリテの期待に満ちた目を見て、クロエはぐっと言葉に詰まった。実をつけるといっても所詮は雑草だ。図鑑によれは毒はないようだが、本当に食べられるかどうか。食べられたとしても、お腹を満たす量になるとは思えない。それに草生えるスキルで生やした草は、すぐに枯れてしまうのだ。


「ちょっと難しいかもね」


「えぇ~、そんなぁ」


 ペリテはあからさまにしょんぼりとした。


「もしヴィッカの実が食べられたら、おばあちゃんもお腹いっぱいになるのに。おばあちゃんは足が悪くて働けないからって、いつもちょっとしか食べないの」


 ペリテは悲しそうに祖母を見上げるが、彼女は黙って微笑んでいるだけだ。


「おねえちゃん! もっと草は生えないの? 食べられる草のためなら、あたし、何だってやるよ!」


「ペリテ、およしなさい。その人は王女様で、とても偉い人なのよ。住む世界が違うの。さあ、もう諦めて帰りましょう」


 クロエに取りすがろうとした孫娘を、祖母はそっと引き剥がした。間近に見えた手は骨と皮ばかりで、クロエの心がずきりと痛む。


「いいえ、諦めるのはまだ早い」


 帰りかけた二人の背中に向かって、クロエは言った。ある考えが脳裏に閃いていたのだ。

 草生えるスキルで生えるのは雑草ばかり。けれどこの北の土地で存在しない草が芽吹いた。そこに違和感を感じる。


 魔力が豊富にある王都の土壌では、雑草たちはよく茂った。草の種類の指定はできなかったし、何の役にも立たない雑草ばかりだったけど、生命力旺盛に育っていた。

 クロエはてっきり、もともと土中にあった種をスキルで発芽させていると思っていた。だが、この北の土地でそうではない可能性が出た。

 本来存在しないはずの草を、何もないところから芽吹かせる可能性が。


 ――生命。魔力。

 もしも【草生える】スキルが、魔力から生命を生み出しているのなら?


 そこまで考えて、クロエはぶるりと身を震わせた。

 魔力を使った生命創造は、錬金術における賢者の石の探究と同じように、魔法工学においての至高の命題とされている。魔法工学の基礎が興って約千年、誰もその足がかりすら掴めていない神の領域だった。


(でも、今のままでは草を生やしてもすぐに枯れてしまう)


 原因は土地の薄すぎる魔力のせいだろう、とクロエは考えた。理由は分からないが、この土地は不自然なまでに魔力が遮断されている。魔力は土地を支える重要な要素。欠けたままではまともに植物が根付くのすら難しい。

 仮に草生えるスキルが生命創造の神域に達しているとしても、生まれた命がすぐに枯れるのでは意味がない。

 一方で畑ではまがりなりにも作物が育っている。時間をかけて耕し、肥料を与えたためだろう。魔力が乏しくとも土壌を改良すれば、希望はあるのだ。


 クロエは人間個人としてはかなり魔力量が多い方である。身につけるスキルによっては大魔道士になれると言われていた。

 けれどもその彼女の力をもってしても、広大な大地に――いいや、それなりの広さの畑にさえ十分な魔力を行き渡らせるのは不可能だ。自然、大地、地脈。そういったものは人間の器を遥かに超えて巨大。無理をすれば魔力枯渇を起こして最悪死ぬだろう。


 生命創造の可能性と、人々の手が耕した土地の実績。畑に生えるという雑草。

 これらを組み合わせれば。


「ペリテ。教えてちょうだい。畑に生えていた雑草は、どれ?」


「んーとね。これ、よく見かけるよ」


 ペリテは植物図鑑をめくって、とあるページを指し示した。『ヒシメバ』という名前のそれは、いかにも草! という形で茂る雑草だった。


「あとはこれかな?」


 次に示されたのは『テミア』だった。これはクロエも知っている。雑草だが、民間療法のハーブとしても利用される草だ。煎じてお茶にしたり血止めにしたりする。

 この二種類はいずれも乾燥した寒冷地でよく育つ草だった。つまりこの土地に適性のある生命だ。これらであれば、あるいは枯れずに育つかもしれない。


「草を生やすわ。でも、村の真ん中でやりすぎても迷惑ね。どこかいい場所はないかしら?」


「でしたら、村の北側はいかがですか。あちらは畑も家もありません」


 ペリテの祖母の言葉に頷く。レオンが眉を寄せた。


「殿下。殿下のスキルは草の種類は選べないでしょう。どうするつもりですか?」


「そんなの決まってるわ」


 クロエはにやりと笑った。


「草を生やして、生やして、生やしまくるのよ。目当ての草が生えるまでね!」


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