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59:水面下の分断


 次の事件は静かに始まった。

 村ではクロエの名義で経営する公営店がある。村人が個別で商人と交渉するのは大変なので、必要な日用品を一括で仕入れて適正な価格で販売する店だ。

 その店の売上が、奇妙に鈍いと報告を受けた。


「ここしばらく、移民の村人があまり店に来なくなりました。品物が滞っていないか心配になって様子を見に行っても、特にそんなことはないようで」


 店を担当する村人が困惑している。


「それはおかしいわね。私が話を聞いてみるわ」


 クロエは移民たちの天幕を訪れて、声をかけた。


「みんな、調子はどう? 困っていることはない?」


「これはクロエ様。ええ、おかげさまで順調ですよ」


 移民たちはどこかよそよそしい。

 クロエは改めて彼らを見た。服装は小綺麗で、煮炊きのための薪が不足している様子もない。さりげなく確認したところ、鍋や包丁などの調理器具も新品同様である。


 移民たちはセレスティアからやって来る際、国の予算で物資を持たされていた。当面の食料や仮設住宅の資材、他には最低限の日用品などだ。彼らは元々貧しい農民で、それゆえに生まれ育った土地を離れて開拓にやって来た。

 クロエの村は豊かになりつつある。けれど移民が来たのはほんの数ヶ月前。まだ富が十分に行き渡る状況ではないのに、彼らの暮らしぶりが急に良くなっている。しかも村の公営店は利用が減っているときた。


(裏がありそうね……)


 クロエは内心で呟いた。







 だが、クロエはこの件をしっかりと調査できなくなってしまった。

 村の付近に盗賊が出没し始めて、行商人たちに被害が出たのだ。盗賊は行商人を襲っては積み荷を奪っていく。時には金品を恐喝したり、危害を加えもした。

 ムーンローズで魔物は避けられても、人間である盗賊には無意味だ。

 レオンは村の自警団を率いて巡回を始めた。しかし盗賊はなかなか捕まらない。そう遠くない場所に根城があるのは確かだが、いつも追手をまいて逃げていく。


 やがて被害は拡大し、行商人だけでなく畑の作物が荒らされるようになってしまった。自警団だけではどうにも手が回らない。

 魔牛と魔羊も狙われたが、こちらは魔牛が盗賊を撃退していた。力の強い魔物である魔牛スラビーは、盗賊であってもそう簡単に手出しできない。

 しかしそれ以外は悪い知らせばかりで、治安の悪化に伴い温泉の湯治客の客足も遠のいている。


「今日も取り逃がしました」


 村の広場でレオンがため息をついた。思うように成果が挙げられず、自警団の若者が苛立っている。


「俺たちエレウシス人は、冬の間にレオンさんに訓練してもらいました。おかげで武器を扱えるし、ちゃんと動ける。それなのにセレスティア人の移民が足を引っ張るんです!」


「なんだと!」


 移民たちに険悪な空気が漂った。クロエは声を張り上げる。


「やめなさい! 村人同士でいがみ合っても、何もいいことはないわ。今は盗賊を捕まえるのが最優先よ」


 村人たちはそれ以上表立って争いはしなかったが、火種が残っているとクロエは感じた。今も互いに睨み合って背を向けてしまう。


「作戦を考えないといけないわね……」


「自警団の戦力不足が否めません。しかし彼らの本業は農民ですから、これ以上は何とも」


 クロエが天幕に戻ってレオンと相談していると、アオルシがやって来た。


「クロエ様、ちょっといい?」


「何かしら?」


「最近、夜に荷車の出入りがあって、羊たちがうるさくて眠れないって言うんだ。昼間にしてもらえない?」


「え?」


 クロエはアオルシの顔を見た。


「商人たちの出入りは昼のはずだけど。夜に?」


「うん。週に一度くらいのペースかな。こっそりやってる感じだけど、羊の耳にはうるさいって」


「村のどの辺りに入ってるの?」


「移民が住んでる方」


「…………」


 黙ってしまった彼女に、アオルシは困った表情になる。


「俺、変なこと言っちゃった?」


「いいえ。貴重な情報、助かるわ。また何か気付いたら教えて」


 前回の夜の荷車は昨夜だったという。週に一度程度であれば、次回までは少し間が開く計算だ。

 アオルシを見送った後、クロエはレオンと打ち合わせを始めた。


「現場を確認しないとね。まだ間があるとはいえ、念のため三日後の夜から見張りをしましょうか」


「お任せを。最初は取り押さえるのではなく、様子見に?」


「内容次第だけど、基本はそうなるわ。村の中で何かが起こっている以上、村人同士の悪感情を刺激したくないもの。ただし危険があるようなら即座に止めて」


「はい」


 方針は決まった。

 レオンは今後も自警団での巡回を続けながら、三日後の夜を待つこととなった。


「でもその前に、もう一つ仕込みをしておきましょう」


 天幕を出て畑に行くと、高笑いをしてある種類の草を生やした。植物図鑑を眺めていて思いついたのだ。念のため牧草地や村の周囲でも生やしておく。

 これで当面の準備は整った。あとは引き続き移民たちの動向を調べながら、夜の調査を待つ。




+++




 それから二日後の夜のこと。

 真夜中過ぎ、村の片隅を歩く小さな人影がある。ペリテだった。


「あ、あたしはもうおねえさんだから、夜のトイレも平気だもん……」


 寝る前にハチミツ水を飲みすぎてしまったせいで、目が覚めたのだ。この村ではトイレは家の外にある。彼女はおっかなびっくり、暗い中を歩いていた。

 元から子どもたちの中では年上のペリテだったが、ミルカーシュ人とセレスティア人が合流したことで、子どもたちのリーダー的な立場になっている。『おねえさん』の名にかけて、夜のトイレが怖いなどとは口が裂けても言えなかった。


 昨日の夕方は小雨が降っていた。おかげで地面が少しぬかるんでいて、歩きにくい。

 ペリテが村の外の方を見ると、ムーンローズの紫色の光が淡く灯っている。魔牛や魔羊と仲良しの彼女は香水や石鹸を使うわけにはいかないけれど、あの匂いと美しい花は好きだった。

 ムーンローズの光を心の支えに、どうにかトイレを済ます。

 帰ろうとした彼女は、ふと人の気配を感じて立ち止まった。


 少し向こう側の移民たちの天幕が集まる辺りに人影が見える。それも何人もだ。松明は持っていないが、月明かりの下でおぼろげな姿が見えた。あれは、倉庫の近くだ。


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