57:罪人
「エレウシスの奴らは、移民が気に食わないんだろ。せっかく長年耕した土地にやって来て、分け前を取ろうとしているから」
「気に食わないのはそっちだろうが! 何かにつけてエレウシス、エレウシスと言いやがって」
移民のセレスティア人が険悪な目を向けると、エレウシス人の村人も言い返した。一触即発の空気が漂う中、レオンは冷静に巣箱を調べていた。
「……巣箱を壊したのは、この鍬だけではないようだ」
彼は言う。
「みんな、見ろ。鍬を叩きつけたら、刃の部分が当たる。だがここは棒状のもので壊された形だ。鍬も使っただろうが、他にも道具が使われた。真犯人を見つけるには、もう一つの道具を探すべきだ」
レオンの落ち着いた声に、村人たちは互いへの敵意を引っ込めて巣箱を見た。
「確かに……」
「鍬を使ったからといって、エレウシス人がやったわけじゃないか……」
村人たちのざわめきが大きくなる。
「このように派手に巣を叩き壊したせいで、蜜蝋やハチミツが飛び散った。当然、犯人の服や体にもついただろうな」
レオンの言葉に、村人たちは少し静かになる。
「ミツバチが暴れていた時、特に狙われていた人間はいなかったか?」
「そう言われても……」
「あの時は必死で、あまり周りを見ていなかったから」
村人たちは不安そうに顔を見合わせている。
イルマが口を開いた。
「じゃあ、これからミツバチを連れて来たらどうかな。ハチミツが体についていたら、きっと反応するよ」
「そうね。誰が巣箱を壊したのか、はっきりさせなくては。村にいる人を全員、広場に集めなさい」
クロエがそう言った時。人だかりの後ろの方にいた人物が、じりじりと後ずさった後に走り始めた。
すぐにレオンが追う。追いつかれ、組み伏された彼は――村に出入りしている行商人だった。
「どうしてお前が?」
レオンが眉を寄せる。クロエも内心で首を傾げた。
(てっきりゴルト商会の仕業かと思ったわ。でも彼は違う。フリオと同じ、単独で活動している行商人のはず)
クロエはちらりと人だかりを見る。その中にはゴルト商会のロイドの姿もあった。だが彼は平然としていた。たとえミツバチを連れてきても、自分には反応しないと確信しているようだ。
「間違いないな」
レオンが行商人の袖口を押さえる。そこには点々とハチミツがついていて、甘い匂いを放っていた。
「弁明はあるか?」
「う……」
行商人は呻いて口を閉ざした。
「理由は聞かせてもらわないとね。どうしてこんなことをしたの?」
「…………」
行商人はうつむいたまま黙っている。
「黙ったままじゃあ、罪を認めることになるわよ。そうしたら罰しないといけない。さあ、話して」
クロエは促すが、行商人は首を振るばかり。
人目があっては話せないのかと思い、クロエの天幕に尋問の場を移すも結果は同じだった。
クロエはため息をついて、行商人を倉庫に拘束することにした。柱にロープで手足を縛り付けて、レオンと村人に交代で見張りに立ってもらう。
(あの行商人は村にやって来てまだ日が浅いけど、今まで特に問題行動はなかった。取り引きは真っ当で、人柄も悪くない。彼自身に巣箱を壊すような動機があるとは思えない。となると……)
行商人の身分が偽りで、兄王子やゴルト商会の息がかかっていたか。もしくは買収ないし脅されて犯行に及んだか。どちらかの可能性が高い。
もう一つの問題は古い鍬がこれみよがしに転がされていたこと。行商人を背後で操る真犯人は、村に分断を起こしたいらしい。
あの場ですぐに真相に気づいて事を収めたからよかったものの、あのまま騒ぎが大きくなっていたらどうなっていたことか。
「敵も本腰を入れてきたわね」
これだけで騒動が終わるとは思えない。クロエは気を引き締めた。
翌日。巣箱破壊の罪を認めた行商人に対して、クロエは刑罰を言い渡した。
彼の言った通りの場所から破壊に使った棒切れ――蜜蝋とハチミツがこびりついていた――が見つかったのも、証拠になった。
「棒打ち十回の上、損害分の財産を没収。私の領地から追放します」
セレスティア王国では領主に裁判権がある。対象が平民で、王国法に照らし合わせて妥当な範囲であれば、領主の裁量で決められた。
今回の罪は村の共有物の破壊。ハチミツの価値は高いので、本来得られた利益も入る。その分を行商人の私財から没収。
村には罪人を拘束する設備がなく、労役を課すのも逆にやっかいだ。棒打ち十回と追放は悪くないバランスといえた。
行商人が村の広場に引き出されて、その横にレオンが立った。手には木刀のような棒を持っている。
その棒で容赦なく行商人を打った。鍛えられた騎士の腕力による一撃だ。十回の棒打ちが終わる頃には行商人の背の衣服と皮膚は裂けて、血が流れ出ていた。
行商人は自力で歩ける状態ではない。レオンと村人が荷馬車に彼を乗せて、隣のアトゥン伯爵領まで運ぶことになった。
「おっかねぇな……」
「レオン様、普段は優しいのに」
村人たちが動揺している。
クロエは平静な声で告げた。
「私は罪人に容赦はしないわ。巣箱は村の大事な財産。昔からの村人と移民が協力して作り上げたもの。この村に害をなす者は許しません」
きっぱりと言えば、「さすがクロエ様」「痛い目をみるのは悪い人だけだよね」と村人から声が上がる。
クロエの本心を言えば、恐らく操られているだけの行商人を罰するのは心苦しい。ましてや生々しい流血など見たくなかった。間近で人の肉が裂けるさまを見れば、足が震えてしまう。
だが、ここで示しをつけなければならない。そうでなければ大事な巣箱を壊された村人の怒りが爆発して、エレウシス人と移民で互いに疑い合う事態になりかねない。
そんなことになれば、この一件を仕組んだ者の思う壺だ。
真犯人を素早く見つけ出して公正に罰したからこそ、エレウシス人と移民のいがみ合いは表面化せずに済んだ。
しかし互いに反目する気持ちが消えたわけではない。難しい問題にクロエは内心でため息をついた。
巣箱は改めて新しく作り直すことになる。散っていったミツバチたちは戻ってきて、養蜂が再開された。
行商人は荷馬車に乗せられて村を去っていった。