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53:商人たち


「これは素晴らしいですよ。元の石鹸だけでも品質がいいと評判なのに、このムーンローズは唯一無二。もちろん、イルマさんの料理もいい。消費期限の問題であまり遠くに運べないのが、返す返すも残念です」


「石鹸はこの村のブランド品として売り出そうと思っているわ。料理はそうね、運ぶのではなく食べに来てもらうのもいいと思ってる」


「食べに来てもらう、ですか?」


「南にある火山は見たかしら?」


 フリオは頷いた。


「はい。一夜にして火山が生まれたと、あちこちで噂になっていまして。本当なのか疑っていましたが、実物を見れば信じざるを得ませんでした」


「あそこの麓に温泉が湧いているの。今はまだ手が回っていないけど、いずれ湯治客を呼び込みたいと思ってる。ミルカーシュにはそういう文化があるんですって」


「ははぁ、ミルカーシュ王国の文化……」


 今ひとつピンと来ていないフリオに、クロエは笑いかけた。


「きっとあなたもハマるわよ。ぜひ、温泉に入っていって。……でも今は、温泉の前に今後の話を済ませてしまいましょう」


 クロエは改めて腕を組む。


「石鹸は材料と人手がきちんとあるから、問題なく量を確保できるわ。どのくらいの売上が見込めそう?」


「正直、需要が大きすぎて読めない状態です。前回も各地を行商しているうちに、噂の方が追いかけてきまして。品質の良いこと、魔牛スラビーという珍しい魔物のバターからできていること、そして王女クロエ様の領地で作られてものであること。それらが話題を呼んで、次の予約も目一杯入っているんです。僕の小さな荷馬車ではさばき切れない量ですね」


「それに加えてムーンローズを混ぜ込んだものとなると……」


 フリオは苦笑した。


「僕だけではとても扱いきれません。というよりも、そろそろ噂を聞きつけた他の商人が押し寄せてくる頃かと」


「私としては、今まで世話になったフリオ中心で商って欲しいのだけど」


「ありがたいお言葉です。でも、商機を逃してはいけませんよ。品質がいいのは確かなのですし、ムーンローズという希少性の高いものまである。この機会にしっかりと評判を広げていけば、大成功間違いなしですから」


 クロエはふんと鼻を鳴らした。


「欲がないこと。あなただって商人なのだから、もっとがめつくていいんじゃない?」


 フリオはふと笑った。


「クロエ様。商売は儲けるのも大事ですが、それ以上に信頼関係が大事だと僕は思っています。昔のこの村に行商に来ても、あまり利益はありませんでした。でも僕なりに誠実にお付き合いを続けた結果、こうしてクロエ様に重用していただけた。人と人との繋がりを大切にしていれば、おのずと進む道は見える。僕はそう思っています」


「そう……。そういう考え方があるのね」


 商売は信頼関係。その言葉はクロエの胸にすとんと落ちた。

 信頼は裏切るものではなく、また過度に依存するものでもない。フリオは商人としてややお人好しすぎる傾向があるものの、彼の言う信頼は長期的な成功を見込んでのことだろう。


「石鹸の商いではかなり儲けが出まして。今の荷馬車から、もっと大きなものにするかどうか考え中です。いずれどこかに拠点を構えて店を出すのも夢なんですよ」


「店ならここに構えればいいわ。人を雇って行商に出して、あなたはたっぷり儲けるのよ」


「いいですね! この村がもっと大きくなれば、人と物が集まるでしょう。名物が増えて、商売も増えて。夢が広がります」


「実現できるよう頑張らないとね。売り込みのプランも考えたのよ……」


 笑みを交わす。それから二人で今後の確認をした。







 フリオの言葉通り、新しく商人が村を訪れることが増えた。

 彼らの目当ては魔牛石鹸だったが、ムーンローズを見せられると仰天していた。


「辺境まで行商に来るとなると、どうしても魔物のリスクが排除できなくて。魔物除けは大変ありがたいです」


「魔物除けを別にしても、紫の花は美しい。貴族様に献上しても差し支えない品だ」


 口々にそう言って石鹸を仕入れていく。中にはムーンローズの効果を疑う者もいたが、村の外で魔物退治の実演をしてみせれば納得した。

 冬の間にたくさん作っておいた石鹸だが、思った以上の勢いで売れていった。


 クロエは遠路はるばる来てくれた商人たちを労うため、温泉を開放した。入浴の習慣が薄いセレスティア人なので最初は戸惑っていたが、すぐにその魅力に気づいたようだ。


「これはいい。旅の疲れがほどけていくようです」


 湯を堪能した商人たちに、ミルカーシュの老人がすかさず売り込みをかける。


「温泉は疲労回復だけではなく、腰痛の改善や怪我の治りを早くする効果もありますでな」


「本当ですか。行商人は馬車に座っての移動が多いから、腰が痛くって。……ううむ、確かに腰が楽です」


 湯上がりの商人が腰を叩いていると、イルマがやって来た。


「それから、はいどうぞ! お湯上がりにはハチミツ水!」


 彼女が差し出したのは、ハチミツを混ぜた井戸水である。冷えた水とほんのりとした甘さが心地よい。

 ムーンローズの香りに惹かれて、いつの間にかミツバチが集まってきた。ミツバチは最初こそ家の軒先に巣を作ったりして、トラブルを起こしていた。けれど移民の中に養蜂経験者がおり、知恵を凝らして養蜂に成功したのだ。

 甘味を手に入れたイルマは大喜びで、ハチミツ水を始めとしたレシピを開発中だった。


「はぁ~、体に沁みるようです。こりゃあ行商でこの村に来るのが楽しみになっちゃいますねえ」


「ぜひまた来てくださいね。夏になれば食材が増えて、もっと色んなお料理を出せるから」


「来ます、来ます!」


 商人たちは笑顔で帰っていく。荷馬車にたくさんの石鹸や塩を乗せて。

 他にも村で食べた遊牧民のチーズを気に入った人も多く、こちらも買われていった。日持ちがするので、商品として以外に行商人たちの食料としても重宝されているようだ。

 名物料理も好評。特に太陽カボチャのパイは高評価を得て、隣町や近隣などの町に広がっていった。

 こうして村はなかなかの収入を手にした。


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