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05:草枯れる


「セレスティア王国の魔道士が、意図的に土地の魔力を減らしたということですか?」


 レオンの問いにクロエは首を振る。


「そんなこと、今の魔法工学じゃ無理よ。ここまで広範囲に魔力を変える理論は存在しないわ。……レオン、この辺りって、ずっと昔から荒れ地だったのよね? エレウシス王国が滅んだから荒れたってわけじゃないんでしょ?」


「――ええ」


 一拍の間を開けてからレオンは頷いた。


「私も歴史学の知識でしか知りませんが。王都周辺はともかく、この辺りは古代の昔から何もない荒れ地でした」


「やっぱりねぇ……。魔力は薄いし水も少ないし。こんな土地を『さあ開拓しろ』なんて、ちょっと無茶が過ぎるわよ」


「では、諦めますか? 国王陛下と王太子殿下に伏して謝罪すれば、政略結婚の駒程度には使ってもらえるかもしれませんよ?」


 クロエは護衛騎士をジロリと睨んだ。


「冗談でしょ。今、私の生きる場所はここよ。そう簡単に諦めてたまるものですか!」


「心得ました、殿下。では、今日は家の掃除と修繕をしましょう。破れた屋根と埃まみれの部屋では、寝ることもできませんので」


「わ、分かってるわよ。でも掃除って……やったことないのよ。やり方、教えなさい」


「仰せのままに」


 二人は連れ立ってあばら家へと戻っていく。

 背後では、枯れてしまった草が冷たい風に揺れていた。







 数日かけて、クロエとレオンはボロ家をどうにか「人の住める家」レベルに整えた。

 今はまだ寒い季節だが、部屋の隅や家具の隙間から虫や虫の死骸がたくさん出てきてクロエが悲鳴を上げたのは……まぁ、余談である。

 レオンは村長から借りた工具で、あっという間に外壁や屋根を修繕してしまった。


「あなた、本当に器用ね。騎士より料理人や大工になった方がよかったんじゃないの?」


「そうですね。騎士に向いてないのは自覚しています」


「じゃあなんでなったのよ」


 レオンは肩をすくめただけで答えなかった。

 彼のスキルは【剣術(中)】。剣の扱いに対してそれなりの適性を得るスキルだ。武芸系のスキルとしては可もなく不可もなくといったところで、スキルがあるから騎士になったという雰囲気でもない。

 生まれは子爵家の三男。跡取りではない貴族の息子が騎士を目指すのは、よくある話ではある。


 クロエは今でこそ落ちぶれてしまったが、かつては王太子の地位も視野に入る優秀な王女だった。そのクロエの護衛騎士なのだから、レオンはエリートである。冗談めかして「出世が目標です」などとよく言っていた。国王直属の近衛騎士団に入って、国王の身辺警護をするのが目標だ、と。


 そんなレオンがどうしてこんな辺境までついて来たのか。クロエは父や兄の監視役を疑っている。クロエが何かをやり遂げるなら、報告が上がるように。あるいはすぐに野垂れ死ぬと思われていて、見届け人なのかもしれない。


(まあ、細かい事情はどうでもいいわ)


 理由はどうあれ、今こうして手を貸してくれている。それだけで十分ありがたい。剣の腕もあるし、料理もできて、大工仕事までこなす。……たぶんレオンがいなければ、クロエは寝床の確保ができずに泣いていただろう。


 レオンは王都から持ち込んだ小麦粉を使って、麦粥を作った。干し肉と干し野菜が少し入っているだけの粗末な一品だった。塩は貴重品なので、節約して薄味になっている。

 だが、村で数日を過ごしたクロエは知っている。これでも恵まれた食事なのだと。

 村人たちはほとんど湯と変わらない薄い薄い麦粥を食べている。王都の貧民向け炊き出しの方がよほどしっかりした食事といえるだろう。


 クロエは最初の日に、村人に向かって「もっと働け」と言った自分を恥じた。こんな食事で満足に動けるはずがない。村長がぽつぽつと話してくれたところによると、冬は毎年餓死者が出るらしい。体力のない老人や子どもから死んでいく様は、地獄のようだと……。


 クロエはいてもたってもいられず、村長に農作業の手伝いを申し出た。


「姫さんが百姓仕事を? 邪魔だからやめてくれ」


 にべなく断られてがっくりと頭を下げる。確かに彼女は非力で、クワを振るっても役に立ちそうもない。無駄に地面を叩くか自分の足を打つかのどちらかだろう。むしろ事故の心配がある。


「じゃあレオン、せめてあなたが働きなさい。力ならあるでしょ」


「ご冗談を。私は殿下の警護が仕事です。農民の真似事をするために来たのではありません」


 皮肉な笑みとともに言われて、クロエはムカッときた。


「――それなら、私にしかできないことをやるわ」


 クロエは拳を握りしめた。







「おーっほほほ! お~~っほほほほほ! 草生えますわ!」


 乾いた風が吹きすさぶ荒れ地に、王女の高笑いがこだました。彼女の足元では、草の芽がぴょんと飛び出しては、しゅん……としおれていく。


「王女殿下。そろそろおやめになっては?」


 レオンは眉間を押さえてため息をついた。クロエはキッと睨みつける。


「いいえ、これを見なさい! 一瞬とはいえ草が生えたの。これは進歩よ、進歩!」


「何度やっても同じです。それに、ほら。村人たちが珍獣を見る目で見ていますよ」


 クロエが慌てて周囲を見やると、家屋の窓やドアの隙間から子どもたちが覗いていた。まだ畑に出られない年頃の子どもたちが、留守番をしていたらしい。

 レオン以外に見られていたのが想定外で、クロエはちょっと恥ずかしくなった。


「おねえちゃん、なにやってるの?」


 家の一つのドアが開いて、五歳程度に見える女の子が近づいてきた。すぐに年配の女性が追いかけてきて、女の子の手を引っ張る。女性は足が悪いようで引きずっていた。


「ペリテ、だめよ。王女様、どうか孫の無礼をお許しください」


 女性は平身低頭しながら家に戻ろうとするが、ペリテと呼ばれた女の子は手を振り切ってクロエの元へ走ってきた。


「あっ、草が生えてるよ! 村の中なのに、ふしぎ」


 ペリデが草を引っ張ると、根っこごとスポンと抜けた。手応えが面白かったのか、次々と枯れ草を引き抜いて楽しそうにしている。


「上手に抜くわね」


 クロエが感心して言うと、ペリテははにかんだ。


「畑のお手伝いで、雑草抜いてるから」


「えらいわね。それにしても、この村の中って、あんまり草が生えないの?」


「うん。畑じゃないと、夏でも草がちょびっとしか生えないんだよ」


 クロエがペリテの祖母を見ると、彼女は恐縮しながら頷いた。


「最初は畑も荒れ地と同じでした。何年も、何十年もかけて耕して、肥料を与えて、種を蒔き続けて。ようやく芽吹くようになったのです。……それでも実りは豊かとは言えず、村人を養うには足りませんが」


 クロエはふと、自分の足元を見下ろした。そこにはぴょこりと顔を出してすぐにしおれた、小さな草の芽がある。この草は……。




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