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48:久しぶりの再会


 それから古い方の村の様子を見に行った。

 噴火で飛んだ石の被害を多少受けて、火山灰が少々積もっているが、それ以上のものはない。建物は既に半ば以上を解体して、新しい村に運んであるのが功を奏した。

 新しい北の畑までは火山灰は来ていない。遠慮なく火山から石を飛ばした火の精霊だったが、多少の手加減はしていたようだ。


「一時はどうなることかと思ったけど。被害というほどの被害は出なかったし、一件落着かしら」


「わしは温泉に入りたいですなあ」


 バジーラはそわそわしている。技師が頷いた。


「僕も温泉に興味があります。簡単な小屋を作って、あとは岩で湯船を整えて入ってみましょうか」


「岩露天風呂……。ロマンじゃなぁ!」


 一度新しい村に戻り、村人たちに状況を伝える。温泉が湧いたと知ると、ミルカーシュ人たちは大喜びだった。

 資材を運ぶために荷馬車ならぬ荷牛車を出す。魔牛は最初硫黄の臭いを嫌がっていたが、アオルシがなだめると渋々足を進めてくれた。


 新しい村から火山までは、徒歩で三時間程度になる。古い村から見れば北東で、少し近い位置だ。

 東の畑が凍らなかったのは、火の精霊が眠っていたせいなのだろう。


 数日かけて準備を整えた。火山のふもとには小さな小屋が建てられて、その横には岩で組んだ露天風呂が作られた。

 温泉はそのまま入るのにちょうどいい温度である。領主権限で、最初に入るのは女性たちと決まった。


「おーっほほほほ!」


 クロエが久々の高笑いをすると、露天風呂の周囲に背の高い草がにょきにょきと生えた。目隠しにいい塩梅だ。


「レオン、アオルシ。覗かないようにね。覗いたら死刑だと思いなさい」


「覗かないよ!」


「そんな命知らずな真似はしませんよ」


 そんなやり取りをよそに、ペリテがはしゃいで走っていく。


「わーい、おっきなお風呂だ!」


「これ、走っちゃいかん。転ぶぞよ」


 騒ぎ立てる子どもたちを、ミルカーシュの老婆たちがなだめている。

 クロエは服を脱いで体に布を巻き、足先を温泉に差し入れた。まだ冬の寒い空気の中、そこだけが温かい。

 思い切って全身を湯に浸すと、じんわりとした心地よさがやって来る。


「はぁ……。温まるわぁ」


「しみますのぉ」


「ちょうどいい温度ね。このお湯で卵を茹でたら、いい具合に半熟になるかも」


 これはイルマだ。


「お風呂がこんなに気持ちいいなんて」


「疲れが溶けていくようね」


 村人たちも頷き合っている。

 満足の息を吐きながら、クロエはすぐ近くにそびえる小さな山を見上げた。新火山は少しずつ落ち着いていて、今では煙も少なくなっている。

 温泉と小さな火山。どちらも村の名所となるだろう。いつしかたくさん人が訪れて、温泉でくつろいでいくのかもしれない。


 そんな未来を想像して、クロエはにっこりと微笑んだ。







 春が間近に近づいたある日、村に一団の人々が訪れた。セレスティア王家の紋章を掲げた旗を持つ人々だった。


「クロエ姉さま!」


「サルト!?」


 馬車の中から小さな少年が飛び出してきて、クロエは目を丸くした。弟王子のサルトだった。


「姉さま、お久しぶりです。お元気でしたか?」


「ええ、私は元気よ。サルト、あなたはずいぶん背が伸びたわね」


 約一年ぶりに見た弟は一回り成長したようだ。それでも姉の前で照れたような笑みを浮かべる姿は、昔のままの面影があった。


「一体どうしたの? あなたがこんな辺境まで来るだなんて」


「実は、姉さまの領地に移民団の派遣が決まったのです。そのご報告に参上しました。……あとは僕が、姉さまに会いたかったから」


「移民団……」


 サルトの肩に手を置いて、クロエは警戒心を強める。というのも、訪問団の中に見知った人影を見つけたからだ。


「ご無沙汰しております、クロエ殿下」


 一人の男が進み出た。聖職者のローブに身を包んだ、背の高い青年だった。半ばをフードで隠された顔、口元がゆったりと微笑みの形を作る。


「……大司教ヴェルグラード」


「姉さま、大司教様は移民団の派遣を後押ししてくださいました。姉さまさえよければ、救世教の教会建立も請け負ってくださるそうです」


 サルトに頷いて見せてから、クロエはヴェルグラードに向き直った。


「大司教様がこんな辺境まで足を運ぶとは、意外ですわ」


「聖都市やセレスティア王都の大神殿で、ふんぞり返っているだけが仕事ではありませんからね。救世教の保護が必要な人々がいるのであれば、どこへなりとも赴きますとも」


「私たちは独力で村を立て直しています。特にお力を借りる必要は、ないと思うのですけれど」


「ふふ、そうですか。この村の人々は旧エレウシス人でしたね」


 ヴェルグラードは周囲を見渡した。遠巻きに見守る村人たちが、ぎくりと体を強張らせる。


「かつてのエレウシス王国は、邪悪なる精霊を信奉する国でした。しかしその国は既になく、生き残った人々は自らの力で荒れ地を耕し、糧を得た。素晴らしいことです。神は自ら助くるものを助く。己を磨き続ける努力こそが、人に与えられた最大の美徳なのですから」


「…………」


 クロエは答えない。エレウシスを滅ぼした張本人がヴェルグラードと知っているが、迂闊なことは言えなかった。


「クロエ殿下ご自身もそうだ。無能と蔑まれるスキルの持ち主でありながら、見事な手腕で村を生き返らせた。私は感動したのですよ。貴女方こそ、救世教の教えに忠実な信徒と呼べるでしょう。ぜひこの土地に司祭を住まわせて、これからの発展のお手伝いをさせていただきたい。我が教団の技師や、護衛の僧兵を派遣する手筈も整えてありますよ」


「恐縮ですわ。何せ私、『雑草魂』の持ち主ですので」


 クロエはにっこりと微笑んでみせた。実はまだちょっと根に持っていたりする。


「ですが、司祭の受け入れは保留とさせてください」



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