46:地下での出会い
村人たちはたくさんの薪を運んできて、大きな木組みを作った。クロエが魔法で作った種火を薪の間に入れると、予想外の勢いで炎が立ち上った。
通常、焚き火は薪に火がついてから燃え上がるまで時間がかかる。今回のように大きなものであればなおさらだ。不意を突かれたクロエは腰が引けつつ、それでもムーンローズを生やすために高笑いをした。
「ひゃっ、火の粉が飛んできた! もう、ゆっくり燃えなさいよ! おーっほほほほ!」
にょきにょき。もさもさもさっ!
彼女の周囲にトゲのある草が生えてくる。あっという間に育ってつぼみが膨らみ、花が開いた。
村人たちは心得たもので、用意していたハサミでぱちん、ぱちんと切り取った。
ミルカーシュの老人たちが進み出て、祈りを唱える。
「炎の神よ。炎熱の大地の支配者よ。ここに捧げ物を供えます。どうか怒りを鎮めてください」
老人たちは深々と一礼して、手にしたムーンローズを炎に投げ入れた。燃え尽きていく紫色のバラはえも言われぬ芳香を放つ。
村人たちも真似をして、祈りの後にバラを炎にくべた。
「いい匂いだね!」
「ねー」
子どもたちも小さい手にバラを持って、炎に投げ入れる。
燃え尽きた灰が夜空に舞って、粉雪のように飛んでいく――。
と。
『これはまた、よき捧げ物。こんなに良い香りを嗅げば、目を覚まさずにはいられんな!』
奇妙な声が響いて、クロエは思わず辺りを見回した。
「ねえ。今、変な声が聞こえなかった?」
クロエは村人たちに尋ねるが、彼らは首を振った。気のせいかと思っていると、レオンが耳打ちをする。
「殿下にも聞こえましたか。となると、精霊の声の可能性があります」
「あなたにも聞こえたの? なぜ?」
クロエは精霊に縁がある。大地の精霊と言葉を交わし、体に世界樹の種を宿した。だがレオンはどうだろう。
彼はその問いに答えずに続けた。
「はっきりと言葉を喋る以上は、高位の精霊。恐らくは火の……」
ドン! と地響きがした。それも今までで一番大きい。
動揺する村人たちに向けて、クロエは声を張り上げる。
「儀式はここまでにするわ! みんな、焚き火を消して!」
用意してあったバケツの水をかけていく。やがて火が消えると、辺りは夜の暗闇に包まれた。
「お役に立てず申し訳ない……」
ミルカーシュの老人が小さくなっている。クロエは笑ってみせた。
「いいのよ。あなたたちの儀式は火山に対してでしょう。ここじゃ効果がなくても仕方ないわ。……さあ、帰りましょうか」
村人たちが松明を点ける。今日はもう夜なので、古い方の村で泊まることとなった。まだ解体していない家屋が残っているので、何とか寝泊まりできるだろう。
松明の明かりに先導されて、村人たちは戻っていった。
事件はそれだけでは終わらなかった。
翌日、アオルシが血相を変えてクロエの家に飛び込んできたのだ。
「クロエ様、大変だ! 地面に穴が開いて羊が落ちちゃった!」
「何ですって?」
泣きそうになっているアオルシをなだめながら、レオンを連れて牧草地へ行く。
確かに地面が陥没しており、深さ五ヤード(約四メートル)jほどの穴になっていた。周りでは魔牛と魔羊たちが心配そうに穴を覗き込んでいる。穴の中からは羊の鳴き声がした。
「落ちたのは何頭? 怪我はなさそう?」
「二頭。怪我は大丈夫。でも穴の中は暑いらしくて、喉が乾いたって言ってる」
「ならば私が穴に降りて羊にロープを結びつける。アオルシ、お前はロープを魔牛に引かせろ。できるか?」
レオンの言葉にアオルシは頷いた。
「やるよ。レオンさん、羊たちを頼む」
レオンはロープを垂らして慎重に穴を降りた。穴は下るほどに熱気が増して、底では汗ばむほどの暑さだった。
魔羊たちはめぇめぇと鳴いて近づいてくる。そのうちの一頭を捕まえて、レオンはロープをくくりつけた。持ち上げても体に負担がかからないよう、足を避けて何箇所かに通す。
「いいぞ、引き上げてくれ」
「うん!」
「ぶもー!」
仲良しの魔羊のためと理解して、魔牛はしっかりとロープを引いた。空中に浮いた羊はジタバタと暴れたが、レオンが軽く頭を叩いてやると落ち着いた。まずは一頭、無事に地上に戻る。
次に同じようにもう一頭を引き上げて、レオンはふと気づいた。穴の隅が崩れて隙間になっている。熱い風が吹き込んでいた。
「殿下! 通路が見えます。確認して来ますので、少しお待ちを」
「私も行くわ」
「危険かもしれませんよ」
「今更でしょ」
クロエは目配せをする。昨日聞こえた精霊の声。確かめるチャンスがあるのなら、やっておきたい。
クロエはさっさとロープを伝い始めて、レオンは仕方なく受け止めた。
アオルシが穴を覗き込む。
「クロエ様、俺も行こうか?」
「いいえ。アオルシ、あなたは魔牛と魔羊たちをよく見ておいて。帰りに引き上げてもらうのも必要だしね」
レオンが剣の柄で隙間を崩すと、通路は更に広がった。人一人通れる程度の広さである。
「クロエ様、レオンさん、気をつけてね!」
心配そうなアオルシに手を振って、二人は通路を進み始めた。
通路は熱風が吹いている。始めこそ多少暑い程度だったが、進むほどに温度が上がってきた。
クロエは水の障壁魔法を使った。初歩のものだがないよりはマシだった。
やがて通路は少し広い空間に変わった。民家ほどの広さの中心には、崩れかけた石碑が建っている。
石碑には文字が彫られていた。荒れ地の水場や水の精霊が眠っていた場所と同じ古代文字と思われた。
けれどもクロエとレオンが視線を奪われたのは、そんなものではない。
石碑の上に変な生き物がいた。
それは真っ赤な炎をまとったトカゲのように見える。ちらちらと赤い舌を出して、そのたびに火を吐き出していた。
『おお、来たか。歓迎するぞ』
トカゲは楽しそうな笑顔(?)で言った。
『昨日は良い捧げ物をくれて、感謝する。おかげですっきり目が覚めたわ。いや何、少し前から妙な揺れで目覚めかけていたのだが、あのままでは目覚めが悪いところであった』
「めちゃくちゃ喋るわね……」
水の精霊は断片的にしか話さなかったし、大地の精霊も言葉足らずだった。このフレンドリーさは何なのだろう。
クロエが思わず眉を寄せると、トカゲはふうーっと火を吐いた。