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45:火鎮めの儀式


 冬も後半に差し掛かると、街道の工事は一段落して前よりも馬車が通りやすくなった。

 レオンと彼に鍛えられた若者たちが魔物を駆除したおかげで、周囲の安全度も増している。いずれ春になったら、道の周辺にムーンローズを生やすつもりだ。


 春に備えてまだまだやることがあった。

 まずは村の移転だ。

 現状では遊牧民の移動式天幕が三軒ある。魔牛の対価として族長から受け取ったものが二軒、アオルシたちが使っているものが一軒だ。収容人数は一軒あたり最大で六~七人程度になる。

 族長との約束では、春のうちにもう二軒を譲り受けることになっている。五軒であれば最大三十人程度を収容できる。


 今の村の人口は、元々の村人が約五十人。アオルシたち遊牧民が五人。それから元棄民が十人の合計六十五人だ。

 半数近くの住民の住居を用意できるので、残りはもう半数。


「できれば全部、移動式天幕にしてしまいたかったけどね。あれ、下手な家よりも暖かくて住みやすいもの。いずれ族長に頼んで数を増やしたいわ。でも当面の住居は必要だから、移転作業を進めましょうか」


 というわけで、まずは村の空き家を解体して木材と石材を取り出した。次にそれらを魔牛の引く荷馬車(荷牛車?)で北の新しい畑近くまで運び、建設する。


 クロエは技師と相談しながら、新しい村の整備計画を練った。

 畑は将来的に拡張することも考えながら、村の位置を決める。次に村の区画整理だ。


 クロエの住居である天幕を奥に置いて、手前には広場を作る。広場では商人たちの取引の場を提供したいと考えている。

 広場の周辺には、宿屋の予定地を取る。まだ建設までは手が回らないが、将来的には人を呼び込んでいきたい。

 村人たちの住居は広場から少し離れた場所にした。広場周辺が拡大した場合、邪魔にならないようにするためだった。

 とはいえ遊牧民の移動天幕があるので、場所の移動は簡単ではある。


 井戸の掘削と汲み取り式トイレの導入もしたいと考えている。もう少し春が近づいて地面の凍り具合が緩んだら、始める予定だ。


 そうして冬の間中、村人たちは忙しく働き続けた。

 老人とはいえ棄民の人手が増えたのも功を奏して、村の移転計画は進んでいった。







 一方で心配なこともあった。炎の揺らぎと地響きが徐々に大きくなっているのだ。

 今のところはヤケドなどの被害は出ていないが、子どもたちが怖がっている。もし地響きが地震と呼べるほどに大きくなれば、建物への被害が懸念される。


「原因が分からないし、対策の取りようもないわね……」


 今日も今日とて起きた地響きが治まった後、クロエはため息をついた。


「今までこんなことはなかった。悪いことの前触れじゃなきゃ、いいんだが」


 村長たちも不安そうだ。


「気休めかもしれんが……」


 薬師のバジーラが言った。


「火鎮めの儀式をやってみないかね? 我らミルカーシュに伝わる儀式で、火山の噴火を鎮めるためにやっていたのさ」


 ミルカーシュ王国には火山がある。魔道帝国アイゼンと国境を接する付近に存在し、ここしばらくは噴火していない。けれど百年ほど前までは活発な活動が記録されていて、ミルカーシュとアイゼンの両国に大きな被害をもたらしていた。


「やって損があるわけじゃなし、いいと思う」


 クロエは頷いた。実効性は疑わしいが、気は楽になるだろう。


「じゃあ準備をしようかの。まずは大きな焚き火を焚いて……」


「村の広場じゃ危なくない? 万が一飛び火したら火事になってしまうわ」


「そうですのぉ。では、畑の向こう側にしましょうか」


 バジーラと棄民の老人たちが言うには、火鎮めの儀式にはなるべく大きな火を焚くのがいいのだという。そして、焚き火には村人が大事にしているものを投げ込む。


「大事にしてるもの……?」


 クロエは考える。ぱっと思いついたのは村人たちの姿だった。


「できないわ。だって私、村のみんなが大事なんだもの」


「クロエ様……!」


 村人の何人かは感激していたが、レオンが冷静に言った。


「人身御供のようなことを言わないでください。そういう意味じゃないでしょう」


「はい、ちょっとしたもので構いませんですじゃ」


 ミルカーシュの老人が少し引いた顔をしている。人体発火ショーが始まってしまうと心配したようだ。クロエは赤面してレオンに食って掛かった。


「うるさいわね、あなたを炎に投げ込むわよ!?」


「大事なものじゃないといけないのでしょう。私では無意味ですよ」


「は? なんで? レオンのことも大事に思ってるけど?」


 クロエの表情は強がりではなく、本心からのもの。そうと気付いてレオンは口を閉ざした。

 急に黙ってしまった護衛騎士を不審の目で見てから、彼女は続けた。


「ちょっとしたものでいいなら、そうねえ、草かしら。草は村の役に立ってきたし、よく燃えそうじゃない」


「ならばムーンローズがいいかもしれませんな。魔を払う特別な草花です」


「そうしましょうか。じゃあ花が咲く夜まで待ちましょう。たっぷり魔力を込めて草を生やすわ」


 新しい村よりも古い村の方が牧草地に近い。クロエたちは昼間のうちに古い村へと移動した。

 夜になると村を出て、牧草地のさらに東へと移動した。他の場所は未だ雪と氷に覆われているのに、村の東側一帯だけは溶けている。

 村人たちが掲げる松明の炎が、時折ゆらりゆらりと揺らめいていた。


「なんだか暖かいわね」


 心なしか地熱が上がっているようだ。息を吐いても白くならない。地響きの件といい、何かの異変が起きつつあるのかもしれない。村の移転を決めておいて良かったとクロエは思った。



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