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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第4章

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44:石鹸作り


 ミルカーシュの棄民たちを加えた村は、ますます賑わっている。棄民は老人と子どもばかりなので力仕事には不向きだ。けれど老人たちは知恵と経験で村に尽くしてくれた。


 秋のうちに薪を豊富に買った上、行商人のフリオが時折在庫を補充しに来てくれる。安心して火を使えるようになった。

 鍛冶屋の老人はフリオ経由で鍛冶道具を手に入れて、早速仕事をしている。街道の工事で道具類のメンテナンスが必要なのだ。薪だけでなく炭も買ったので火力が出る。


「この村にはせっかく牛、それも力が強い魔牛がいるからのう。春になったら牛用のすきで、畑を耕したいものじゃ」


 フリオが手に入れた犂は普通の牛用なので、魔牛には少し小さかった。だが鍛冶屋がいればサイズ調整ができる。


「それはいいわね。今年から畑が広くなったから、人の手だけじゃ大変すぎるもの」


 イルマは相変わらず料理研究に勤しんでいる。

 そして、石鹸の試作が始まった。

 遊牧民の手法でチーズを作る際、乳脂肪分を分離するやり方がある。その方法でバターを取り出して、取っておく。

 次に塩生植物を燃やして灰にする。塩生植物は夏と秋のうちに刈り取って、倉庫の片隅に積んであった。


 バターを溶かすための大きな鍋は、鍛冶屋の老人が作った。材料は村にあった古い鍋だ。壊れて直す手段がなく打ち捨てられていた鍋を空き家から掘り起こしてきて、鋳溶かして、新しい鍋を作り上げたのだ。


 バターを大鍋に入れて火にかけると、だんだんと溶けていく。大きな鍋なので室内には置けず、簡易な屋根を付けただけの作業場で火を焚いている。燃え盛る焚き火が鍋底を炙ると、脂の溶ける美味しそうな匂いが辺りに漂った。

 子どもたちが寄ってきて、よだれを垂らしそうな顔で鍋を覗き込んでいる。


「こら、駄目でしょ。これは石鹸だから、食べ物じゃないの。熱い鍋でやけどしないようにね」


「はーい」


 クロエが注意すると、子どもたちは残念そうに鍋から一歩離れた。それでも近くにいるのは、焚き火が暖かいからだ。みんなで手を差し出して、しもやけになった手を温めている。


 ミルカーシュの老人たちが塩生植物の灰と灰汁を持ってきて、溶けたバターの鍋に入れた。ゆっくりとかき混ぜる。石鹸作りの経験がある村の老婆の意見を聞きながら、灰の量を調節した。

 混ぜ終わったバターと灰は、まだドロドロとした状態である。木箱に流し入れて乾燥させることにした。


「これで、石鹸ができるの?」


 子どもたちは不思議そうだ。


「ていうか、石鹸ってなあに?」


 クロエは子どもたちを見回した。ミルカーシュの子はもちろんのこと、村の子も薄汚れた姿をしている。

 貧しい村では石鹸は行き渡っていない。代替品の『泡の実』すらこの付近では産出されない。

 それでも夏の間は川や井戸水で水浴びができた。しかし寒い冬にそんなことをやれば、風邪を引いてしまう。

 薪は豊富に手に入れたとはいえ、体を洗う習慣は薄いのだ。ましてや風呂文化はない。王族のクロエですら湯船でゆっくりする経験はほとんどなかった。湯浴みといえばせいぜいタライの湯で体を洗う程度だった。


(清潔は病の予防になる)


 クロエは王立学院で学んだ医学を思い出した。救世教の司祭でもある教師は、「悪しき精霊が体の中に入ることで病は起きます。悪しき精霊を遠ざけるには、まずは栄養をしっかり取って体を丈夫にすること。次に清潔を心がけること。不潔は悪霊の好むところですから」と言っていた。

 貧しくて食べるものに事欠く人、スラム街などの不衛生な場所でしばしば疫病が発生するのはクロエも知っている。


(石鹸を売るのもいいけど、まずは村人たちに使ってもらって、体を清潔にしないとね)


 食べ物を触る手、口は特に悪い精霊が入りやすいと教師が言っていた。寒い冬では全身を洗うのは大変でも、手と顔はなるべくこまめに洗ってもらおう、とクロエは思った。







 木枠に入れた石鹸は一週間もすると固まって、きちんと固形になった。少し柔らかめで、ナイフを入れるとすっと切れる。


「おぉ、良い出来ですな。昔、わしがオリーブを絞った油から作った時は、もっと柔らかくて扱いにくかったのですが。元の油脂がバターのせいでしょうかなぁ」


 石鹸作りの老婆がそんなことを言っている。

 子どもたちは石鹸の小さなカケラをもらって、泡立てては遊んでいる。とても楽しそうだ。


「ご領主様。この石鹸にムーンローズの精油や花びらを混ぜてはどうでしょう」


 そんなことを言い出したのは、棄民の薬師ザフィーラだ。


「あの花は香りがいい上に、魔除けの効果がありますでしょう。石鹸に混ぜて体を洗えば、自然と魔除けの効果になる」


「いいアイディアね! 魔牛のバター石鹸と、ムーンローズ。どちらもこの村のものだもの。名物としてぴったりだわ」


「精油を作るには道具が要りますので、まずは花びらから始めましょうか」


 ムーンローズは現在、牧草地の隅にまとめるようにして生やしている。点在させると魔牛と魔羊が嫌がるからだ。

 春になって地面の氷が溶ければ、他の場所に生やしていくつもりである。村の周囲や街道の周辺に植えれば効率的な魔物除けになるだろう。

 村人たちはさっそくムーンローズの花を摘んできて、石鹸に混ぜ込んだ。アイボリー色のバター石鹸に、淡い紫色の花びらが美しい仕上がりになった。泡立ててみれば、きめの細かい泡の中、バラの香りがふわりと立つ。


「これなら貴族相手でも売れると思うわ。販路を拡大しなければね」


 クロエと村人たちは笑顔を見合わせた。

 こうして村の名物第二弾は、魔牛のバターとムーンローズの石鹸になった。




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