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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第4章

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42:不思議な兆候


「ねえ、じいちゃん。最近ちょっと火の調子がおかしくない?」


 ある冬の日の午後。昼食を村人たちに出し終えて、一息ついていたイルマが言った。聞き役は鍛冶屋の老人である。


「あぁ、変だよな。十分に炭を入れて火力を安定させたはずが、時々妙に揺らぎやがる」


「やっぱり? うちのかまどもそうなんだよね。薪が足りないわけでも、息の吹きかけが足りないわけでもないのに。なんでだろう?」


「分からん……。わしのスキルは【火加減(中)】。炎の扱いに関しては自信があるんじゃがなあ」


 イルマと鍛冶師は村の中でも特に火を扱う役目にある。火事には細心の注意を払っているので、おかしな揺らぎはとても迷惑だった。安定した火力は、料理と鍛冶の両方に重要でもある。


「二人とも、何を難しい顔をしているの?」


 そこへクロエがやって来た。


「あ、クロエ様。ここのところ火の様子がおかしいって話なんです」


「火が? どういう風に?」


「時々揺らぐっていうか。不安定な感じなんです」


「ふぅん? 最近は村で火を使うことが増えたのに、困るわね」


 鍛冶や料理、さらには石鹸作りで火をたくさん使っている。

 石鹸は行商人のフリオに頼んで、試験的な販売を始めている。隣町で好評で、なかなかの売れ行きだ。おかげで薪や炭を買うお金には困っていない。それなのに火が不安定とは。


 クロエはすいと手のひらを上に上げた。小さく呪文を唱えれば、ボッ! と炎が灯る。


「わ、すごい! 魔法ですか?」


「初歩だけどね。中級以上の魔法は、適性のあるスキルがないと使えないから」


 クロエの手のひらの炎はしばらく燃えていたが、ふと、ゆらゆらと揺れた後に消えてしまった。


「確かに妙ね。もう少し長く灯っているはずなんだけど」


「クロエ様でも原因は分かりませんか?」


「私に分かることなんて、逆に少ないわよ。火が揺らめく以上の異常はない? たとえば急に火力が高くなってヤケドをするとか」


「今のところは大丈夫です」


「そう。じゃあ、気を付けてもらうしかないわ。石鹸作りの老人たちにも言っておかないと」


 彼女がそこまで言った時、ズズ……と鈍い地響きがした。少しばかり地面が揺れた気もする。


「え、何?」


 地響きの音は小さくて、すぐに消えてしまう。地面の揺れも終わってしまえば気のせいだったのかと首を傾げる程度だ。イルマと鍛冶師も戸惑っている。


(大地の精霊が何かした?)


 クロエは疑って、すぐに首を振った。祝福野菜も精霊を疑ったが、原因はクロエの草だったのだ。またもや冤罪を着せてしまってはさすがに申し訳ない。


「とにかく、気をつけましょう。異変があればすぐに避難を」


「はい」


 三人は頷き合う。休憩はそこで終わりになって、彼らはそれぞれの仕事に戻っていった。







 その草を見つけたのは、まだ冬の寒さが厳しい時分のことだった。

 場所は東の畑、今は牧草地。最初は何の変哲もない草に見えた。少し成長するとトゲが出てきたが、トゲのある草はそんなに珍しくない。アザミなどはありふれた雑草だが、やはりトゲがある。


 異変に初めに気づいたのはアオルシだった。


「クロエ様、最近、魔羊と魔牛たちが変な動きをするんだ」


 寒さの中、いつも通り草を生やしていたクロエは少年を振り返る。


「変な?」


「うん。ところどころ、避けて近づかない場所がある。こことか」


 彼が指差した先には、小さな苗木のような草があった。例のトゲのある草で、割合にしっかりとした茎をしている。


「新しく生えてきた草ね。羊と牛はこれを避けている?」


「どうだろ?」


「あたしもその草、知らない。図鑑にのってたかなあ?」


 ペリテも覗き込んで首を傾げた。改めて図鑑を持ってきて調べるが、同じ種類のものは見つけられなかった。


「何かしらね、これ。あえて言うならバラに似ているようだけど……」


 図鑑に載っている何種類かのバラと比べてみるものの、葉の形が少し違うようだ。艷やかな緑の葉はハート型で、縁が薄っすらと紫がかっている。


「とりあえず、様子見かしら。まだ生えたばかりでどんな草かも分からないし。育てば種類が分かるかもしれないわ」


「そうだね」


 この時の話はこれで終わったのだが……。







 トゲの草を見つけて数日後の夜のこと。

 牧草地に少年の悲鳴が響き渡った。


「なにごと!」


 もう寝間着に着替えていたクロエが家を飛び出しかけて、レオンに制止される。


「私が見てきます。殿下はここでお待ちを」


「でも、今の声はアオルシよ! あの子に何かあったとしたら、じっとしていられないわ!」


「魔物が出たのかもしれません。殿下では足手まといですよ」


 そう言われれば引き下がるしかない。クロエは天幕を出ていくレオンの背中を見送った。

 しばらくしてレオンが戻ってきた。青い顔をしたアオルシを連れている。


「アオルシ! 良かったわ、無事で。何があったの?」


 彼の表情は深刻だった。


「お化けが出たんだ」


「はい? 鬼火の魔物のこと?」


 鬼火の魔物は青白い炎の姿をした魔物で、荒れ地ではしばしば見かける。そんなに強い魔物ではないので、退治は難しくない。

 だがアオルシは首を振った。


「違うよ! 鬼火は青いけど、お化けは紫だった。遊牧民の言い伝えがあるんだ。死者の魂は紫色をしているって!」


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