41:イルマの料理
族長と遊牧民はしばらく村に滞在をした。
その間に村の空き家を解体し、木材を取り出す。既に予備として持っていた一軒と合わせて、移動式天幕二軒が引き渡された。
そのうち一軒はクロエの住居となった。村のあばら家よりよほど住心地が良かったからである。
村人たちは遊牧民から天幕の組み立てと解体のレクチャーを受けて、やり方を覚えた。アオルシたちは来年も村に残る予定なので、サポートは受けられる。
魔羊たちは真冬なのに新鮮な草が食べられてご機嫌だ。最初は魔牛スラビーを怖がっていたが、やがて慣れた。
アオルシは魔牛の中でも特に性格のいい雄と雌を選んで、父に引き渡した。風タンポポの種を渡すのも忘れない。念のため、クロエが生やした風タンポポの根を乾燥させたものも付けた。
族長は返礼として、魔羊十頭を村に贈ってくれた。今までの羊は借り物だったが、正式に村の羊となる。
他にも妊娠中の羊がいる。出産して生まれた仔羊は村の羊とする旨を確認した。
話し合いの結果、棄民の少年と少女が羊飼いの仕事に就くことになった。彼らはまだ十歳と十一歳だが、アオルシたちの助けを借りながら魔羊の世話をしている。いずれ魔牛の世話も任せるつもりである。
クロエは水脈での出来事を改めて口止めした。
「セレスティアの救世教が興味を示しているみたいなの。あそこは知っての通り、精霊を敵視しているから。言わない方がいいわ」
「分かっている。あれだけの奇跡を目の当たりにしたのだ。今までも誰にも言っておらぬ」
聞けば家族にも詳しいことは話していないらしい。
アトゥン伯爵の町やその他の場所で知られているのは、川が再び流れたという事実だけだった。
「では残りの天幕二軒は、他氏族と渡りをつけ次第、届けよう。春のなるべく早いうちに届けたいと思っている」
十日ほどの滞在の後、族長はそう言って去っていった。たくさんの魔羊と、つがいの魔牛を引き連れて。
冬はまだ半ばで、春は遠い。
村人たちはそれぞれの仕事を進めていった。
ミルカーシュの棄民たちを受け入れてほどなく。遊牧民から譲り受けた天幕の中で、イルマの料理がお披露目されていた。
「秋野菜のミルクグラタン、バターと焦がしチーズをたっぷり添えて。いっちょあがり!」
ストーブを兼ねたオーブンから取り出されたのは、真っ白なホワイトソースのグラタン。カボチャのオレンジやほうれん草の緑が目に鮮やかだった。
肉は魔羊の干し肉を水で戻したもの。村の小麦粉から作ったペンネもしっかりと入れられている。手挽きの石臼で麦を挽くところから始まったので、なかなか苦労が多かった。
「わあーっ!」
村人から歓声が上がる。天幕の広さの関係で、中にいるのは子どもを中心とした十人少々だ。外では他の村人たちが待機している。
イルマは子どもたちの皿に取り分けて、次に外の人たちへとグラタンを配った。
「あっつ! 口の中、やけどしちゃう!」
「はふっ、はふ……。熱いけど、うめぇ!」
村人たちはふうふうと息を吐きかけながら、実に美味しそうにグラタンを食べている。
「次いくよ! ソーセージと野菜のポトフ。しっかり煮込んだから、玉ねぎとろとろだよ」
イルマはストーブに載せていた鍋のふたを取った。ふわりと漂う湯気が天幕の中に満ちる。
煮込まれてとろとろになった玉ねぎとカブ、スパイシーなソーセージ。ニンジンも中まで火が通っていて甘みが強い。それぞれの素材の旨味と塩加減のバランスが絶妙で、村人たちは思わず唸った。
「美味しい。ポトフってシンプルな料理なのに、こんなに美味しくなるんだ」
「本当だよ」
スープ皿を抱えて村人たちが頷き合っている。元からの旧エレウシス人も棄民だったミルカーシュ人も、美味しい料理の前には関係ない。
クロエも二皿の料理を堪能して、満足の息を吐いた。
「すごいわ、イルマ。限られた食材でここまで美味しい料理を作るなんて」
「ありがとうございます。でもあたし、不満なんです。だってこれ、ありふれた料理でしょう? この村の名物というには、パンチが足りないかなって」
イルマは言いながら、棚からもう一品の料理を取り出した。
「それで、一番の自信作がこれです! 祝福カボチャのパイ!」
彼女の手にある大きな皿には、輝くような黄金色のパイが載っていた。クロエはこの色に見覚えがある。祝福されたカボチャの色だった。
「お砂糖がないから、お菓子作りは諦めていたんですけど。カボチャはかなり甘みが強かったので、いける! と思って」
祝福野菜は基本的に種を取ることになっている。カボチャもわたと種をより分けて、きちんと保管中だ。
クロエは皿とフォークを受け取って、ひとくち口に入れた。
「これは……!」
途端に口中に広がるのは、ほくほくとしたカボチャの風味。それが驚くほどに甘い。魔牛のミルクを加えて練られたカボチャはしっとりとなめらかで、それでいて本来のほっこり感を失っていなかった。
「これで砂糖を使っていないの?」
「はい。カボチャの甘みだけです」
「すごいわ。ただ甘いだけじゃなく、口溶けもなめらかで。こんなに甘いのにくどさがなくて、舌の上でほどけていくよう。タルト生地との相性もいいわ。ちょっとだけ塩気が効いていて、甘みをさらに引き立ててくれる」
「わあ、さすがクロエ様! あたしの言いたいこと全部伝わって、嬉しいです!」
イルマは輝くような笑顔を浮かべた。自分の作った料理やお菓子を美味しいと言って食べてもらえる。それがとても嬉しいのだという。
「イルマおねーちゃん! あたしにもちょうだい」
ペリテが飛び跳ねて皿を取ろうとした。
「はいはい、順番だから慌てないの。一人ずつあげるからね、ほら、並んで」
ペリテと子どもたちはお行儀よく並んで、次々とパイを受け取った。口に運んではほっぺたを押さえている。
「お、お、おいしー!」
「あまーい!」
元々の村の子も棄民の子も関係なく、顔を見合わせては笑顔になっている。
「このカボチャのパイは、間違いなく名物になるわ」
クロエは頷いた。
「名前をつけましょう。名前を聞けば、私たちの村を思い出すように。イルマ、アイディアはある?」
「うーん。金色のカボチャだから、『太陽カボチャのパイ』なんてどうですか?」
「いいわね! 太陽をいっぱい浴びて育った特別なカボチャだもの。ぴったりだわ」
「太陽カボチャのパイっていうの!? おいしー!」
子どもたちが口々に叫ぶ。
こうして村の名物第一弾、『太陽カボチャのパイ』が誕生した。




