40:新しい仲間
「何とかって言われてもねえ」
などと言いつつ、クロエは内心で頷いている。冬の仕事を始めたせいで、人手が足りなくなっていたのだ。来年以降は規模を拡大しようと考えているので、人口を増やす頃合いだった。小さな子どもはともかく、老人であっても相応の仕事はある。
とはいえ、今の段階で大々的に移民を受け入れるのは難しい。普通、移民としてやって来るのは、だいたいが貧しい人々だ。彼らに住居を提供し、夏と秋の収穫時期まで食料の面倒を見てやらなければならない。さらに一度に大人数が来れば、元々の村人との軋轢が生じる。
国の支援を受けた入植であれば、物資の心配は要らないのだが。クロエは期待していなかった。
「棄民は何人いるの?」
「ちょうど十人だ。ミルカーシュには独自の機織り技術があると聞く。羊毛織りは彼らが教えてくれるだろう」
現在の村人は約五十人、あとはアオルシたち遊牧民が五人。十人であれば負担も少なく、溶け込める人数だとクロエは思った。
頭の中でそろばんを弾いて、クロエはにっこりと笑った。
「棄民たちを引き受けるわ。故国を追われた人々を見捨てるだなんて、そんな人道にもとることはできないもの」
慈愛の笑みを浮かべるクロエを、レオンは実に呆れた顔で眺めている。
「殿下、笑顔がうさんくさくて打算が漏れ出ています。取り繕うのであれば、もう少しマシなことを言ってください」
「うるさいわね。ここで善人ぶっておけば、族長からさらに物資を引き出せるかもしれないでしょ。いくら今年が豊作だったと言っても、まだまだ余裕はないのよ……あ、今のナシで」
族長とアオルシが苦笑している。
「クロエ様、今更善人ぶらなくていいよ。クロエ様がいい人なのは知ってるもん」
「え、あら、そう? やだ、私の人徳が知れ渡っちゃっているのね。ふふふ」
クロエがニヤニヤ笑うと、ぴょこりと足元で草の芽が生えた。慌てて笑みを消す。
「クロエ殿の下心はさておき、棄民たちを引き取ってくれるのは助かる。今までわしは彼らを見捨てることしかできなかった。少しでも贖罪になればいいが」
「じゃあ、棄民たちに会わせてくれる? どんな人たちなのか見てから、最終的に決めるわ」
「もちろんだ。こちらへ来てくれ」
族長が立ち上がったので、クロエたちも続いて家を出た。東の畑の付近に遊牧民たちが天幕を設営し始めている。魔羊は畑の草を食べて満足そうだ。
族長は荷馬車の周りに固まっている人々のもとへ足を向けた。遊牧民とは違った粗末な服を着た人たちだった。
十人のうち半分が老人で、残りは幼児と少年少女だった。誰もが痩せて落ち窪んだ目をしている。まるで以前の村人のようだった。
「ミルカーシュの民たちよ。このお方はこの村の領主、クロエ殿だ」
「クロエよ。あなたたちの事情は聞いたわ。引き取ってあげたいところだけど、うちの村も厳しくてね。まずはもう少し、話を聞かせてくれる?」
クロエはすぐに引き取ると断言しなかった。族長が連れてきた以上は問題ないと思っているが、やはり自分の目で彼らの人となりを確かめたかったのだ。
「ミルカーシュ王国で飢饉が起きたんですって?」
「……はい。わしらは口減らしのために村を追い出されて、荒れ地をさまよっておりました」
老爺が口を開いた。
「もう働けない年寄りと、まだ手のかかる子どもたち。村が生き残るには仕方がないのです」
彼は目を伏せて、すぐに決意したようにクロエを見やった。
「ご領主様、わしら年寄りはどうなっても構いません。だが子どもたちだけは、どうか生かしてやってください。お願いします……!」
お願いします、お願いしますと老人たちが頭を下げる。
これを見てクロエの心は決まった。老人たちは我が身をかえりみず、子どもたちを助けて欲しいと願っている。悪人には見えなかった。
「分かったわ」
クロエが頷くと、老人たちは不安そうに彼女を見上げた。
「全員まとめて引き取りましょう。ただし! 老人だからといって、仕事は免除しません。体力に応じてきっちり働いてもらうわ」
「おぉ……! もちろんです。命を助けてもらった恩、この身が擦り切れるまで働いて返しますとも!」
老人たちはそれぞれ子どもを抱きしめて、心から嬉しそうにしていた。中には涙をこぼす者もいる。
クロエは続けた。
「念のため聞いておくけれど、あなたたちの中に技術者や特別な知識を持った人はいるかしら? うちの村は小さくて、色々と人手不足なのよ」
彼女はさほど期待していたわけではない。目の前の老人たちはいかにもみすぼらしかったし、口減らしのために故郷を追われた立場だ。有用な技術を持っていれば、そんな目には遭わなかっただろう。
しかし老爺が手を挙げた。先ほどクロエに受け答えをした人だ。
「わしは鍛冶屋です。長年、村で農具や包丁を打ってきました。道具は全て置いてきてしまいましたが……」
「鍛冶屋! いいわね、村にいると助かるわ。この村にも鍛冶道具はないから、近いうちに揃えなきゃ」
今年は農具を新調して土木道具を買い揃えた。道具はメンテナンスをしなければすぐに傷んでしまう。鍛冶屋の存在はありがたい。
「わしも一応、薬師ですじゃ」
今度は老婆が手を挙げた。
「若い頃は王都で学んでおりました。ただ、調合の道具と長年書き溜めたノートは村の若者に譲ってきました。どこまでお役に立てるかやら」
「薬師!」
草を生やすクロエとしては、是非とも欲しい人材である。
「二人ともしっかりとした職業なのに、村を追い出されたの?」
「口減らしに志願をしました。若い者のためならば、仕方ないと思いましてな」
鍛冶屋の老爺が寂しそうに笑った。それだけ状況が深刻だったのだろう。
「二人とも、もちろん他のみんなも。改めて歓迎するわ。ようこそ、私の村へ」
クロエが宣言すると、後ろで様子を見守っていた村人たちが近づいてきた。
「よろしくな。俺はこの村の村長だ。何か困り事があれば相談してくれ」
「ペリテだよ! おねえさんだよ。友だちになってね?」
「あたしはイルマ。今、色んな料理を研究してるの。ミルカーシュの料理も教えてほしいな」
村人たちは飢える苦しみと国を失う悲しみを知っている。そして今は他者を助けるだけの余裕がある。
老人たちは戸惑いながら、幼い子どもたちはすぐに打ち解けた。
こうして村は少しだけ大きくなった。