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37:活動開始


「いっそ、道を整備しましょうか」


 技師が考えながら言った。


「さすがに隣町――アトゥン伯爵の町までは距離がありすぎて無理ですが。近場の手の届く範囲だけでも整えておけば、来てもらいやすいかと」


「冬だけど、工事できるの?」


 クロエの問いに、技師は微笑んだ。


「そこまで本格的なことはやりませんからね。石をよけて、地面をならす程度です。それくらいなら土が凍っていてもできますから」


「では、工事の護衛ついでに魔物の駆除をやっておこう」


 と、レオン。すると若い男性がもじもじしながら言い出した。


「あの、レオン様。俺たちに剣を教えてもらうのって、できますか?」


「剣を? お前たちも魔物と戦うというのか?」


「はい! 俺たちだって、自分の身は自分で守れるようになりたいんです。戦える人がレオン様一人じゃ、いざって時に手が回らないかもだし」


「……いいだろう。しかし工事もあるのだから、体力的に相当きつくなるぞ。覚悟はいいか?」


「もちろんです!」


 若者は嬉しそうだ。


「工事で働いて帰ってくれば、美味しい料理を作って待っていてもらえる、か。いいねえ。こんな幸せは長らく忘れていたぜ」


 村長がしみじみとしている。彼はもう五十代で村の中ではかなり年配なのだが、働く気満々だった。

 村人たちは春の頃に比べて肉付きがよくなり、体力も増えている。寒い冬の肉体労働だけれど、誰も嫌がらずに実行が決まった。







 冬になって一週間ほどが経過した。

 工事の経過は順調。毎日寒い中、村人たちはよく働いている。

 村の外に出て作業をしていると、やはり魔物に目を付けられることが増えた。モグラが魔物化したダークモールや、鬼火の魔物のウィル・オ・ウィスプなどだ。どれも強い魔物ではないので、レオンが一人で撃退している。


 料理の開発も進んでいた。イルマの祖母のレシピは豊富で、特にチーズを使ったものが多い。遊牧民のチーズとは種類が違うが、イルマはアレンジしながら調理していた。


「おばあちゃんのレシピだと、チーズを熱して溶かすって書いてるけど。あたしらのチーズは砕いて焦がした方が美味しいと思うんだ」


 彼女の料理の才能は祖父母譲りであるらしい。レオンから少しの手ほどきを受けた後は、自分で積極的に追求を始めた。それまで粗末なものしか食べてこなかったとは思えないほど、センスがいい。

 野菜をチーズに絡めたり、ミルクソースで煮込んだシチューにしたり。塩花草で採れた塩をぴりりと効かせて、ベーコンを炒めたり。

 素材の味が良いこともあり、イルマの料理はどれも美味しかった。村人たちは大喜びで、寒さで冷えた体を温かな料理で暖めた。


 村の若者たちは、工事の合間を縫って剣の訓練を始めた。男性だけでなく女性も交じっている。剣などあるはずがないので、棒きれや古い農具から刃を外した柄で素振りしている。

 レオンの指導は厳しかったが、だんだんと体が動くようになるのを実感して、みんな楽しそうだ。


「少々の訓練でいきなり戦えるようにはならない。だが、心構えを持つことはできる」


 とは、レオンの言である。

 クロエは彼らの様子を見ながら、子どもたち相手に読み書きの教室を開いた。特にペリテが熱心だった。


「あたし、大きくなったら草博士になるんだもん。まずは植物図鑑、全部読むの!」


 分厚い図鑑をしょっちゅうめくっては、覚えたての字を追いかけている。

 草の絵が豊富な図鑑は、子どもたちにもおなじみだ。見知った草の絵を見つけては、書いてある字を覚えていった。

 その微笑ましい様子に、クロエは図鑑を贈ってくれた弟を思い出してしんみりとした。弟王子とは手紙のやり取りもできないまま、ずいぶん長い時間が流れてしまった。

 バカみたいなスキルが出てしまったせいで、あの時のクロエの周囲は手のひら返しをした。その中で弟だけが変わらない優しさで接してくれたのだ。彼が贈ってくれた植物図鑑は、どれほどクロエの助けになったことか。


 読み書き教室は大人も来ている。レシピの読み解きに行き詰まったイルマたち料理班を筆頭に、他の人も顔を出した。中には家で眠っていた古い本を持ってくる人もいた。


 村人の故国であるエレウシス王国は、セレスティアと隣国だったので言葉はほぼ同じ。字もよく似ており、クロエは問題なく読めた。本の大半は他愛のない童話のような内容だったが、たまに精霊について触れているものもある。その多くは精霊を『小さな隣人、友人』と呼んでいて、精霊を邪悪なものとするセレスティアの文化と相容れないものを感じさせた。

 村長が精霊についてそれなりに詳しかったのも、国民性だろう。


(そういえば、エレウシス戦争は宗教戦争の側面もあったんだっけ)


 クロエは現代歴史学で習った内容を思い出した。

 エレウシスは救世教を受け入れず、原始的な自然崇拝――実質上の精霊信仰を続けていた。セレスティア王国と国境を接していたために小競り合いが絶えず、やがて戦争が勃発した。

 救世教も戦争を支持して、セレスティアに僧兵団を派遣した。救世教は自らの努力と研鑽を重んじる教義。武術や魔法の才に秀でた者で構成された僧兵団は非常に強力で、エレウシス戦争の決定打になったという。


 結果、エレウシス王国は滅亡。国王は戦死、王妃と幼い王子は自害した。王の血筋は傍系に至るまで殺された。国民は貴族・平民を問わず実質上の奴隷にされて、今では辺境の開拓や鉱山労働に従事している。


(王子がいたのよね。生きていれば二十歳くらいかしら)


 彼女はふとそんなことを思う。


「クロエ様ー! この字、なんて読むの?」


 古いエレウシスの本を片手にぼんやりしていたクロエは、ペリテの声で我に返った。


「はいはい。この字はね……」


 部屋の中は子どもたちの活気が満ちている。家の外では雪がちらついて、凍った地面を白く覆っていた。


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