36:会議
得意げなクロエに対し、村人は戸惑っている。男性の一人が口を開いた。
「だいたい、この村は辺境中の辺境じゃないですか。来てくれる商人はフリオさんくらいしかいない。名産品を作っても売れるかどうか?」
「いきなり料理と言われても、何をしたらいいか分かりません」
別の村人も言った。イルマという名前の若い女性だ。
「あたし、小さい頃から味の薄い麦粥しか食べてないですから。そりゃあ、おばあちゃんから夢みたいなご馳走と料理人の話は聞いたけど。そんなの作れませんよ」
この村の人々は十五年前に敗戦して滅亡したエレウシス王国人。クロエの生国セレスティア王国が征服して、被征服民たちは強制移住と強制労働をさせられた。
年上の村人であれば、かつての故郷を覚えている。技師のように知識と技術を持っている人もいる。だが若い村人たちは本来の祖国を知らず、この村での貧しい暮らししか体験していない。
彼らはずっと飢えに苦しみながら、痩せた土地を耕し続けていた。今年になって豊作の恩恵を受けたけれど、そこで満足してしまっている。
(でも、それじゃもったいないじゃない!)
クロエは思う。祝福野菜を含めて、この村はいい作物を作った。これからもっと豊かになる。
作物の出荷は決して悪くはないが、もう一捻り欲しいと感じたのだ。石鹸以外にも、この村の作物を使った何かを。
「料理かぁ……」
イルマが呟いた。
「今年みたいにたくさん食べ物があれば、おばあちゃんの言っていた料理も作れるかな。たっぷりのミルクとチーズで作ったグラタンと、ソーセージが入ったポトフ。小麦の皮でくるんだ、たっぷりのお肉。甘い甘いカボチャのパイ……」
「夢のような話だわね。でも、今年なら作れるかも?」
中年の女性が言う。
「ミルクとチーズは余るくらいにあるだろ。ソーセージも町で買ってきたやつと、魔羊の肉で作ったやつがある。肉も、カボチャもあったね」
「本当! できちゃうかも!」
イルマは目を輝かせた。
「あたし、おばあちゃんが言ってたレシピ、覚えてます。うろ覚えのところもあるけど、家にノートがあったはず!」
イルマは天幕を飛び出していって、すぐに戻ってきた。手には古びてボロボロのノートを持っている。
「ありました! 寒い冬でも焚き付けにしないで、我慢して取っておいて良かった」
「イルマの祖父母は、エレウシスで料理店をやっていたんだっけか」
村長が懐かしそうに目を細めた。
「イルマ、お前、今年でいくつになった?」
「十七だけど?」
エレウシス滅亡は十五年前だ。二歳ならば故郷を覚えていなくて当然だろう。クロエは内心で目を伏せた。
話を聞くと、祖父と両親は戦争時に死亡。祖母はこの村で六年ほど前に亡くなったとのことだった。
イルマはパラパラとノートをめくって、少し困った顔になった。
「あーでも、読めない字がけっこうあるなぁ。もっと真面目におばあちゃんに字を習っておけばよかった」
貧しい村では学校などあるはずがない。親が子に教えるしかないが、エレウシス王国が健在だった頃も農民はあまり識字率が高くなかった。この村では字がきちんと読める人の方が少ないのだ。
「問題ないわ。レオンが教える」
「え? レオン様が?」
イルマは目を丸くしている。レオンはため息をつきながらも頷いた。
「俺も多少は料理の心得があるのでね。付加価値を付ける、殿下の考えは良いと思う。農閑期の仕事として取り組んでみてはどうか」
「わあ! レオン様、ありがとう。おばあちゃんの料理を作れるなんて、嬉しいよ!」
イルマが目を輝かせた。明るい笑顔に天幕の中の空気も華やぐようだ。
「農閑期の仕事か。確かに家に閉じこもってばかりより、気が紛れていいな」
「今までは腹を減らさないようにじっとしていたが。今年はそんな心配がないし」
「他に作れるもの、あるかしら?」
村人たちが口々に言う。これを機に、アイディアを出しながらの話し合いが行われた。
しばらくの話し合いの後、だいたい方向性が見えてくる。
「薪がたくさん手に入ったから、石鹸作りをやりたい」
「牛乳とチーズ、野菜を使った料理を作りたい」
「祝福された小麦は、丁寧に脱穀と製粉をして高級な小麦粉にしたい」
「パン種を手に入れて村でパンを焼きたい。今までは麦粥ばかりだった」
「魔羊の羊毛で布を作りたい」
このうち小麦粉は人力の石臼しかないので、粉挽きがなかなか大変だ。
パンを焼くのはパン種の他にパン焼き窯がなければならず、今すぐには難しい。
魔羊の毛刈りの時期は、本来であれば春。冬の寒い時期に毛を刈ってしまうと羊が凍死してしまう。それに羊毛の糸紡ぎと機織りは専用の器具がいる。技術もいる。すぐに始めるのは無理があった。
みんなで色々と検討した結果、今年は石鹸と料理をメインで作ることにした。
「祝福された作物に加えて名物があれば、商人たちも集まってくるわ。冬は行商の行き来が大変だけど、春になるまでに色々と仕込んでおきたいわね」
クロエの言葉に村人たちは頷いた。村人の一人が言う。
「けど、本当にフリオさん以外の商人が来てくれるでしょうか。この村への道はろくに整備されていないし、魔物だって出る時は出る。心配です」
フリオは辺境を旅するのに慣れた商人だ。魔物対策などの心得もあるだろう。それ以外の人間が村までたどり着けるかどうか。
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