34:奇跡なんて今更で
「何をしたかですって?」
だから彼女は答えた。いっそ傲慢と呼べる笑みを浮かべて、腰に手を当てて。
「どうってことないわ。ちょっと奇跡を起こしただけよ! お~っほほほほ!」
にょきにょき! わさわさ!
周囲に生えて茂る草に、フリオはあんぐりと口を開ける。
「見たかしら、これが私のスキル。荒れ地を緑に変える力よ! 私はこの力で……わあっ!?」
クロエは決め台詞を言いそびれた。足元に生えた草を狙って、魔牛と魔羊が突撃してきたからだ。
「ぶもぉー!!」
「めぇ、めぇ!」
牧草地は草が豊富に茂っているけれど、牛と羊たちはクロエが生やしたばかりの草が一番美味しいと知っている。ご馳走を見逃すはずがない。
我先にと殺到してきた魔牛に押しやられ、魔羊に体当りされ、クロエは吹き飛んだ。びたんと頭から草地に突っ込む。
「何なのよ、もう!」
怪我がないのは、『美味しいご飯をくれる人』の認識が行き渡っていたからだろう。魔牛と魔羊はちゃんと手加減ができる子なのだ。
「牛さんと羊さん、元気だねぇ!」
ペリテが手を叩いて喜んでいる。レオンとアオルシも遠慮なく笑っている。フリオだけはぽかんとしていたが、やがて釣られるように笑い始めた。
こうしていつも通り、牧草地では人々の笑い声が響くこととなった。
「領主様、色々と教えてくださりありがとうございました」
牧草地から村に帰る道すがら、フリオはクロエに頭を下げた。まだちょっと笑いで肩が震えていたが、クロエは見なかったことにする。
「教えたからには、あなたにも働いてもらうわ。まずはそうね、定期的な行商の復活を。この村は不便で足りないものが多いから」
「もちろんです。村の作物やチーズは、祝福があれば商品価値が高い。僕に任せていただけるなら、こちらとしてもありがたいです」
「適正な価格で商いをしてちょうだい。私としても現金収入が増えるのは嬉しいの」
「はい!」
代官の横領分のお金は、農具と土木用具で大半が消えてしまった。これから冬に向けて暖房の薪も必要になる。村の移転に備えて資材も欲しい。お金はいくらあっても困らなかった。
フリオは村に戻ると、倉庫まで行って余剰分の作物を買い取った。祝福付きの作物は通常の五倍もの値段になった。
「すげえ大金じゃねえか! 祝福とやらの野菜は全部売ってもいいよな?」
「いいえ。駄目よ」
村長は興奮して言ったが、クロエは首を横に振った。
「村長、落ち着いてちょうだい。手っ取り早くお金を手に入れたい気持ちは分かる……そりゃあもうよく分かるけど、ここは我慢よ」
クロエが噛みしめるように言えば、村長はますます不満そうに返す。
「どうしてだ、姫さん。せっかくフリオがいい値をつけてくれたんだ。売らなきゃ損だろうが」
「祝福付きの作物はせいぜい全体の一割でしょう。それ以外の作物は、それほどの値段ではない」
フリオが提示した価格は良心的なものだったが、それでも大したものではなかった。少し出来がいいだけの普通の野菜や麦を、この辺鄙な場所まで買い付けに来てまた帰る。輸送費や時間のロスを考えれば仕方のないことだった。
「だから今は我慢して、来年のことを考えるの。来年は畑が広がるわ。一割よりもっと多く祝福された作物が採れれば、そりゃあもうドッカンドッカン大儲けよ!」
高笑いしかけて、クロエは慌てて口を覆った。倉庫を草まみれにしてはいけない。
「だが、どうやって?」
「決まってる。祝福された作物から種を取れば、その種も祝福されているんじゃない?」
「……なるほど!」
村長が手を打つ。
「というわけで、フリオ。残念だけど、祝福付きの作物はあまり売ってあげられないわ」
「構いませんよ。来年に期待していればいいのでしょう?」
フリオはにっこりと笑った。
「分かってるじゃない。でも、今年が我慢だけの年ではないわ。フリオ、あなたはいくばくかの祝福作物を宣伝しながら売りなさい。この荒れ地はもう荒れ地ではなく、豊かな土地に変わりつつあるとね」
「……よろしいのですか」
そう言ったのはレオンだった。
「この村は、短期間で色々なことがありすぎました。下手に喧伝すれば、より多くの人が集まるでしょう。受け入れらるのですか?」
「今すぐは無理かもね。でも来年、さらに再来年となれば基盤も整う。移住者が来れば正式に受け入れて、領民として扱うわ。逃亡中の犯罪者でもない限り、差別はしない。真っ当に働けば真っ当に生きていける。そんな領地を目指しているわ」
クロエに不安がないわけではない。だが荒れ地と村はもう奇跡を起こしてしまった。後戻りはできないのだ。
その覚悟を感じ取って、レオンは引き下がった。
「真っ当に働けば真っ当に生きていける、か。そうなればどんなにいいことか」
村長がしみじみと言った。真っ当以上に酷使されて、それでいて与えられたのは飢えの苦しみばかり。それまでの村の状況を思えば、変わっていく今が感慨深いのだ。
「他人事みたいに言わないで、村長。あなたも領地作りをやるんだから。もちろん他のみんなもよ!」
クロエに指をつきつけられて、村長はどこか嬉しそうに苦笑した。
「おぉ、そうだったな。ひもじいのも飢え死ぬのも、もう真っ平だ。ペリテには毎日腹いっぱい食わせてやらねえと」
「その意気よ。……さて、フリオにも頑張ってもらわないとね。確かこの村の野菜の仕入れを頼まれていたのだったかしら?」
「はい。アトゥン伯爵の町のレストランオーナーが、是非とも料理に使いたいと。予想するに、彼が手に入れた野菜は祝福されていたんでしょう」
フリオが頷いた。




