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32:行商人がやって来た


 秋は深まり、冬の気配が近づく季節となった。

 代官の横領分は無事に返還されて、クロエはそれなりの大金を手にした。


「不正の返還と解雇だけで許すとか、ちょっとムカつくけどね。今は収入がありがたいわ」


 不本意ではあるが、正義感や名誉よりも実利を取った形になる。金貨はクロエの自宅に保管し、小麦粉は村の倉庫に入れた。

 代官は解雇されるので、ペナルティが無いわけではない。村人たちは溜飲を下げていた。


 代官には救世教の司祭が同行していた。彼は村に教会を建てたいと申し出て来たが、クロエは断った。


「この小さな村は慎ましく暮らしていますの。教会を建てるなど、もったいない話ですわ」


 実際のところは、精霊と親しむ旧エレウシス王国人の村人と、精霊を敵視する救世教では相性が悪すぎる。大地の精霊がひょっこり出てきた件もある。クロエの信仰心がだだ下がりしていることもあり、司祭を迎え入れるつもりはなかった。

 食い下がる司祭をのらりくらりとかわしながらも、最終的にはきっぱりと断った。司祭は肩を落としながら帰っていった。







 さらにそれから数日後、行商人のフリオがやって来た。荷馬車には満杯の農具や土木用具が積まれていた。


「クロエ様、ご注文の品をお持ちしました」


「ご苦労さま」


 村の広場で広げられた新品の道具を見て、村人たちは目を輝かせた。


「すごい。このくわ、刃がぴかぴかしてる!」


「この鎌もだよ。前のは錆びついてろくに切れなかったのに」


「きっとスパッと切れるんだろうなあ。草刈りも麦刈りも楽になるよ」


「使うのが今から楽しみ」


 みな、新しい道具を手にして口々に感想を言っている。


「これで来年、もっと効率よく仕事を進められます」


 技師も希望通りの道具を手に入れて満足そうだ。

 全ての積み荷をしっかりと売りさばいて、フリオは改めてクロエに話しかけた。


「大きな取引を任せていただき、ありがとうございます。これからも定期的に伺いますので、どうぞよしなに」


「ええ。あなたは村を気にかけてくれたと聞いているわ。こんな辺境へ来ても大して儲けにはならないでしょうに」


「あはは。僕も商人ですから、身銭を切るような真似はしませんよ。それに今まではともかく、これからこの村は大きくなるんでしょう? 川が復活した話は噂で聞きました」


「ふふ。さすがに知っているわね」


 水脈と川の復活は春のこと。そろそろ他の土地の人々の耳にも入る頃合いである。


「領主様、もう一つお願いがあります。村の作物を引き取らせて欲しいのです」


「いいわよ。今年は豊作だったから、むしろ願ったりだわ。でもいいの? 今の時期はどの農村でも作物がたくさん採れる。あえて買う必要はあるのかしら」


 フリオは穏やかな、しかし抜け目のない笑みを浮かべた。


「クロエ様は先日、アトゥン伯爵の町で村の作物を売ったでしょう。評判が良くてですね。野菜を買ったレストランのオーナーから、仕入れを頼まれたのです」


「……まあ?」


 町で売り出した作物は確かによく売れた。しかしそこまで評判になっていたとは。


「もし余分があれば、チーズもお願いしたいです。あれは遊牧民のチーズでしょうか? 似ているけれどあまりクセがなくて、食べやすいと評判で」


「魔牛のチーズよ。魔羊の乳よりあっさりしているから、町の人の口に合ったのね」


「なんですって! 魔牛スラビーの乳が採れるのですか!」


 フリオは目を丸くした。魔牛は本来気性の荒い魔物で、遊牧民ですら飼い慣らせないでいた。魔牛の肉は貴重品だが、乳はそれ以上の希少品になる。狩ることはできても、飼うことはできないのだから。

 実はクロエは魔牛の話をするかどうか、一瞬だけ迷った。川といい畑の豊作といい、あまりに色々なことが短期間で起きていたからだ。

 だがすぐに思い直した。フリオは既に村と付き合いが長く、信用されている。儲けが期待できないにもかかわらず、長年この村に行商に来てくれていた。であれば下手に隠し事をするよりも、商機を活かす方向を考えたのだ。


「魔牛のいる場所を見せていただくことは、できますか?」


「いいわよ。村から半日くらいの距離だから、明日の朝に出発しましょう」


「ありがとうございます。では、今日は野菜を見ます」


 村長を先頭に倉庫へ行く。ぎっしりと積まれた野菜や麦袋を見て、フリオはまたもや驚きの表情を浮かべた。


「豊作とは聞いていましたが、これほどとは……。僕も去年までの出来高を知っています。水があればここまで変わるのですね」


 言いながら品定めに入る。カボチャ、ニンジン、大根とカブ。大豆などの豆類もある。麦は挽いておらず、小麦粉ではなく麦粒のままだ。

 フリオは最初はにこやかに品物を見ていたが、だんだんと表情が固くなっていった。


「何か問題があるか?」


 村長が心配そうに声をかけるが、フリオは首を振った。


「問題といいますか……。あの、村長さん、領主様。この村で一体何があったのですか?」


「どういう意味かしら」


 クロエの脳裏に大地の精霊がよぎる。セレスティア王国人であるフリオに精霊の話はできない。セレスティアでは精霊は悪魔だと信じられているからだ。


「僕のスキルは【鑑定(小)】。あまり効果は高くないものの、品物の状態を見極めることができます。スキルによりますと、ここの野菜の一割くらいに『祝福』が付与されている」


「……祝福」


「はい。祝福とは、対象の魔力属性が強化されている状態です。【祝福】スキルを持っている人が付与するか、あるいは、稀に自然物でそういう状態になるケースがあると聞きました。目にするのは初めてですが」


(魔力属性の強化!? 大地で育つ野菜だもの、間違いなく地属性よね。あの精霊! 勝手なことやってくれたわ!)


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