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31:一番大事なもの


 村長は続ける。


「精霊の大半は力も自我も弱くて、ちょっとした魔法が使えるだけの存在だ。俺もエレウシスにいた頃、ごくたまに見かけたが、半透明の変な生き物って感じだったな。だが四大元素を司る精霊は別格と言われている。彼らは非常に強い力と明確な意思を持っていると聞いた」


「精霊を見たことがあるの!?」


 クロエが声を上げると、村長は不思議そうな顔をした。


「そりゃ、あるさ。精霊は自然の化身。農村で暮らしていれば見る機会はあるだろ。……もっとも荒れ地に来てからは一度もなかったが」


(荒れ地の魔力が薄いのと、精霊がいないのは関係がある……? でも私は、セレスティアで精霊を見たことがなかった。都会暮らしだったから?)


 考えても分からない。クロエは内心でため息をついた後、分かっていることを口にした。


「大地の精霊は、しっかりと言葉を喋っていたわ」


「じゃあ言い伝えは本当なんだな。普通の精霊は喋らない。とんだ大物が出てきたもんだ」


 少し言葉が途切れた。しばしの沈黙の後、クロエが言う。


「大地の精霊は『道筋は守り人が知っている』と言っていた。守り人という言葉は、水脈を探す途中でも出てきたの。水場の石板と、今は湖になったあの場所の地下で」


 クロエはレオンを見た。


「水の精霊は、あなたの血に反応したように見えたけど。どういうこと?」


「……と、申されましても。私は何も知りません」


 レオンは表情を消したままでいる。


「とぼけないで。精霊たちの言葉は明らかにつながっているわ。世界樹の種子とかいう変なものを押し付けられて、私も迷惑なのよ。何か知っているなら、全部吐きなさい!」


 クロエは彼の胸ぐらを掴もうとしたが、ひょいと避けられてしまった。


「殿下。大地の精霊は『今はまだその時ではない』と言ったのでしょう。ならば様子を見るしかないのでは?」


「そりゃあそうだけど……。誤魔化そうとしていない?」


「していません。私はいつでも殿下の忠実なしもべです」


「そう。嘘決定ね」


 そっぽを向くレオンをクロエはギロリと睨んだ。全く手応えがない。しばらく無駄な応酬をした後、クロエは諦めてため息をついた。レオンが頑固なのは今に始まった話ではない。


「まぁ、いいわ。……まとめると、大地の精霊は世界樹の種子を芽吹かせて欲しそうだった。でもそれには、この土地を精霊の力で満たす必要があるみたい。

 水の精霊は解放して、あれだけの水量の川と湖が生まれたのだから、もう十分だと思う。

 大地の精霊はどうかしらね。『実らせ、茂らせて大儀だった。贈り物が美味だった』とか言ってたから、畑が豊作だったのと草地が広がったのとで、力が増したのかも。

 四大元素と言えばあとは火と風。この二つの精霊がどこにいるか、どうしたら力を分けてもらえるのか、さっぱり分からないわ」


「殿下は、世界樹の種子を芽吹かせようとお考えですか?」


 レオンの問いにクロエは首を傾げた。


「さあ、今の時点では何とも。だいたい世界樹って何なのよ。そんなに悪いものではなさそうだけど……」


 世界樹というくらいだから、特別な樹木なのだろう。

 クロエはふと、遊牧民たちの古い神話を思い出した。荒れ地はかつて森であったというあの話だ。


 荒れ地は不自然に魔力が薄い。水が満ちたことで改善したが、それでも他の土地よりずっと薄いのだ。

 そして、魔力が薄い土地は植物や生命が根づきにくい。だからクロエは、荒れ地が森だったとは信じられないでいる。


 だが、水の精霊は『封印されていた』。誰かが人為的に荒れ地の魔力を消していた可能性がある。

 けれど土地、地脈を操る魔法は非常に高度で、現代の魔法工学ではとても実現できそうにない。一体誰が、何のためにそんなことをしたのか。


「ううーん?」


 クロエはさらに考える。もしも世界樹とやらが本当に芽吹いて、かつて存在していたという森まで蘇るなら。

 ――きっとこの土地は豊かになるだろう。

 森は豊かな恵みをもたらす。木を伐採すれば木材や薪になるし、山菜や木の実の採集もできる。肥料として腐葉土を集められる。荒れ地では特に薪と木材が不足しがちなので、魅力的に思えた。


「決めた。世界樹の復活とやらを、ゆるっと目指すわ」


 クロエが宣言すると、レオンと村長は微妙な顔になった。


「ゆるっと、ですか」


「そうよ。だって具体的な手段が分からないのだから、仕方ないでしょ。世界樹はゆるっと。そして、私の村の発展はきっちりと! 優先順位を間違えてはいけないわ。わけの分からない精霊の言うことよりも、人間の方が大事。あくまで第一目標はこの村なの」


 クロエは胸を張る。


「なるほど。そういうことなら納得だ」


 村長も頷いている。

 ところがレオンはこんなことを言った。


「村の発展。その先にあるのは、あなた自身の栄達ですか? 追放の汚名を返上し、王都に舞い戻ることですか」


「それもあるわね」


 クロエはさらりと笑う。


「でもそれ以上に、村のみんなと楽しく暮らしたいのよ。毎日笑って草を生やして、畑仕事をして。魔羊や魔牛と触れ合って。

 けど、これからは素朴なだけじゃいられないでしょうね。川が復活して、農耕が可能な土地が増えた。畑の作物が十分以上に実ると証明された。

 きっと人が流れ込んでくるわ。人手が増えるのは嬉しいけれど、トラブルも必ず増える。それでも毎日の暮らしを送れるように、私が領主として守るの!」


「そう……ですか」


 レオンは一瞬、目を瞬かせて、すぐに伏せた。そんな護衛騎士に一瞥を投げかけて、クロエは続ける。


「さて、話は決まったわね。もう少しで例の代官の横領分が返却される。そのお金で農具や土木用具を買って、来年に備えましょう。冬は農閑期だから、時間があるもの。色んなことにチャレンジしたいわ!」


 クロエは楽しげに笑う。


「あ、そうそう。二人とも、大地の精霊の話は他言無用で。不確かな話で惑わせるだけだから」


「ああ、もちろんだ」


「承知しました」


 村長とレオンが頷いたのを見て、クロエはますます機嫌を良くした。


「さあ、何をしようかしら。腕が鳴るわ。冬の寒さでも生える草を探してもいいし、村の野菜を使ったお料理を考えてもいいわね。ふふっ、楽しみ。お~っほほほ! ……あ!」


 ついクセで高笑いを上げた彼女の周囲で、草がぴょんぴょん生え始めた。

 ここはクロエの自室。つまり自業自得で草まみれである。


「レオン! どうしてこういう時だけ止めてくれないの!」


「ご自分の部屋であれば、誰にも迷惑はかけませんから」


「私が迷惑なのよ!」


 慌てて草むしりを始めるクロエと、やれやれと肩をすくめるレオン。呆れ顔で見ていた村長はやがて笑い始めた。

 ストレスが溜まったクロエが外に走り出て、思いっきり高笑いするまでその光景は続いた。



これにて第3章は終了です。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

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