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03:想像以上で草生える


「……で、なんであなたがついて来たのかしら」


 荷馬車に揺られて北上する中、クロエは傍らの護衛騎士レオン・ダフニスを睨んだ。レオンは軽く肩をすくめる。


「騎士たるもの、主の行く末にどこまでも付き従って当たり前でしょう」


「よく言う! あなたそういうタイプじゃないわよね。出世大好きで、王女の護衛騎士だって踏み台にすぎないって言ってたじゃない」


「まぁ確かに。王女殿下は今や落ちるところまで落ちてしまわれた。まったく貧乏くじですよ」


 実に熱意のない言葉だった。


「じゃあ来なければ良かったのに」


 クロエは呆れてレオンの整った顔を眺めた。色が抜け落ちたような白い髪と、感情の読めない鋼色の瞳。二十歳の若い体躯は騎士らしくよく鍛えられていて、日に焼けた肌をしている。

 クロエは実質上、王家から追放された。だから王女付きの護衛騎士も解任になったはずだ。義理とか忠義など、この男にほど似合わない言葉はないと彼女は考えている。


(監視……かしら)


 父か兄の意向を受けて、クロエを監視するためについて来たのかもしれない。そう思えば腑に落ちた。


「勝手にしなさい」


「ええ。仰せの通り、勝手にしますよ」


 なげやりに言えば皮肉を返された。クロエは大きなため息をついて、荷馬車の外の風景を眺めた。







 北の荒れ地は、王都から馬車で一ヶ月以上も離れた辺境の地だった。

 目の前に広がるのは、乾いてひび割れた土。まばらに生える枯れかけた木々の向こう側に、小さな村落が見えた。死に絶えた大地にしがみつくようにして、人々が暮らしていた。


「ここが私の『領地』……」


 想像以上の厳しさに、クロエは思わず呟いた。レオンは答えない。

 もう冬も終わりだというのに、風はひどく冷たい。

 荷馬車が村に入ると、村人たちの不審と警戒の視線が突き刺さった。とても歓迎されている様子ではない。


「私はクロエ・ケレス・セレスティア。今日からこの土地の領主となる者よ。村長はどこかしら?」


「俺だ」


 五十代に見える男が進み出た。骨太で大柄な体格をしているが、肉付きは悪く痩せている。

 クロエがそっと村人を見渡せば、誰も彼もが痩せて顔色が悪かった。


「領主の館に案内なさい。腰を落ち着けたら、村の視察をするわ」


「は? 領主の館?」


 村長は鼻で笑った。


「そんなもん、ありませんよ。今までは代官がたまに来るだけだったんでね、お貴族様用の家はないんだ。人が逃げ出したり死んだりして空き家になった家ならある。好きに選んで住めばいい」


「はぁ!? 無礼にも程があるわ! 私は第一王女よ、こんなあばら家に住めるわけがモガッ」


 喧嘩腰になったクロエの口をレオンが塞いだ。


「失礼。王女殿下は王都暮らしの贅沢癖が抜けていなくてね。そうだな……そこの空き家をもらうとしよう」


 レオンは村の奥にある家に目を向けた。やや大きいとはいえ、村の他の家と大差のない粗末な建物である。

 レオンは文句タラタラのクロエを促して家に入った。しばらく空き家になっていたようで、外も中も荒れ果てている。屋根の破れ目と壁の隙間を見て、レオンは肩をすくめた。


「ふむ、もうすぐ春で助かったな。冬が続けば凍死しかねない。まずは軽く掃除と修繕か」


「冗談でしょ……」


「殿下、あなたは掃除をしてください。私は村長から修繕道具を借りてきます」


「ちょっと! 私、掃除なんてしたことないわよ!」


 レオンはちらりと視線を投げただけで、物置から掃除道具を探し出し、出て行ってしまった。

 埃まみれの掃除道具を押し付けられ、クロエはどうしていいか分からずに立ち尽くした。







 レオンが修繕道具を借りてきて、荷馬車の荷物を運び込む頃には、辺りはすっかり夜になっていた。

 クロエの掃除は遅々として進まない。寒さと空腹でへたり込みそうになっていると、荷馬車に積んでいた食料を使って、レオンが料理をしてくれた。


「……美味しい。あなた、料理なんてできたのね」


「騎士見習い時代に食事当番を割り振られましてね。戦場に料理人は連れていけない。自分で準備する必要があるんです」


 料理はごく簡素な麦粥とスープだった。それでも冷え切った体に染み込むようで、クロエはありがたく食べきった。


「荷馬車の物資は、そう多くないわね」


「ええ。食料も備品も最低限です。この村で自活を始めなければ、すぐに底を尽きるでしょう」


「明日、村を視察するわ。畑が見えたけど、どんな作物を作っているのか確認しないと」


 掃除は結局終わらなかったので、その日は荷馬車の荷台で夜を明かした。荷馬車はクロエを送り届けた後、王都へ戻す約束だ。明日からはあばら家で寝泊まりしなければならない。クロエは掃除を改めて決意した。







 翌朝、日の出とともに村へ行ってみると、村人たちは既に活動を始めていた。村の東側の畑に集まって土を耕している。人数は子どもも入れてやっと五十人というところだった。


「おはよう、みんな。農作業は順調かしら?」


 クロエは声をかけるが、挨拶の声はほとんど返ってこなかった。場違いなドレスを着込んだクロエを、奇異なものを見る目で眺めるばかりである。

 レオンが続ける。


「畑は他にもあるようだが。ここだけ耕しているのは、何か理由が?」


「この東の畑は、土が凍らないんですよ。他の場所は春になるまで凍っていて、とても耕せません」


 村長が無愛想に答えた。クロエは首を傾げる。


「東の畑だけ凍らないのは、理由があるのかしら?」


「さあ? 俺らは難しいこたぁ知りません」


「……じゃあ、この村の作物を教えて」


「まず麦。この畑を耕し終わったら種を蒔きます。他はちょっとした野菜」


 村長と村人は不信の目でクロエとレオンを見ていたが、質問には答えてくれた。ただ、多くの人の動きは緩慢でやる気があるようには見えない。


「もっと力を入れて耕したら? しっかり働いた方がよい作物が実るでしょうに」


 クロエがつい漏らした言葉に、村長は目を見開いて……くぐもったような低い声で笑い始めた。


「な、何よ」


「俺たちにもっと働けと? ろくな食い物もなく道具もなく、荒れた土地でかろうじて生きている俺たちに、もっと力を出せと!? 王女だかなんだか知らねえが、ふざけんなよ」


 地を這うような声にクロエは動揺したものの、虚勢を張って言い返した。


「あなたたちはセレスティア王国の国民でしょう! 税を納めて王国法を遵守する義務の代わりに、国民として国の保護を得る権利がある。そんなに暮らしが苦しいのなら、援助を受けられるはず。今まではどうしていたの?」


「援助? そんなものあるはずがない。いいか王女様、俺たちは見捨てられたんだ。開拓村の名目でここへ来たが、失敗してこのザマさ。あぁ、それでも代官は税を取り立てに来るな。断れば鞭打ちだ。逃げた奴は幸運だよ、今じゃこの村に残っているのは、逃げることすらできねえ奴だけだ」


「……そんな」


 クロエは絶句する。


「俺だって逃げたいが、足の悪い嫁さんがいる。とても遠くまでは歩けない。死ぬまでここにいるしかねえんだよ!」


 村長の血を吐くような言葉に、村人は静かに目を伏せている。クロエは返す言葉を見つけられず、ただ立っていた。



いきなりシリアス度が上がりました。

今後はシリアスとコメディが混じった感じで進むと思います。


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