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26:代官との一幕


 秋の季節がやってきた。

 村の麦畑は黄金色に染まり、例年にない豊作を伝えている。秋野菜はどれもがまるまると肥え太って、いかにも美味しそうだ。


 麦が実れば農村は大忙しになる。収穫は全て手作業で、麦の粒が落ちてしまう前に刈り入れなければならない。時間との勝負になるからだ。

 村人たちは麦の茎を踏んで根が抜けないようにしながら、鎌で次々と刈り取っていく。刈られた麦は小束にして干しておく。

 子どもたちもこの時ばかりは草生やしと塩採りの仕事をお休みして、収穫を手伝う。アオルシら遊牧民も村までやって来て、代わる代わる手を貸した。


 干した麦は二週間程度で水分が抜ける。十分に乾燥したら脱穀だ。殻竿からざおという棒で地面に叩きつけたり、脱穀板でしごいたりする。

 さらに脱穀した麦粒をふるいにかける。このままでは小石や砂粒が交じっているからだ。何度かふるいにかけて、余計なものを落としていく。

 最後に麦粒をよく乾燥させる。同時に種もみを取り分けておく。乾燥させることで日持ちを良くして、虫が湧くのを抑える効果もある。


 収穫と脱穀は実に根気のいる重労働だったが、今年は豊作。乳製品や野菜類で村人の体力も余裕がある。誰もが明るい表情で仕事をこなしていた。







 乾燥させた麦を順次袋詰めにしていると、村に見慣れない人がやって来た。文官風の男が一人、兵士が数人である。

 村人たちの警戒と敵意の眼差しの中、男は偉そうな口調で口を開いた。


「税の徴収に来た。今年の収穫量を教えるように」


 村長が前に出る。


「今年からはあんたに税は渡さない。聞いていないのか?」


「あぁ? エレウシス人風情が生意気な。痛い目に遭いたくなければ、大人しく麦を渡せ」


 男が軽く手を上げると兵士たちが武器を構えた。誰もがニヤニヤと見下したような笑みを浮かべている。剣を喉元に突きつけられ、村長はさすがに顔を青ざめさせた。


 と。そんな村長の後ろから人影が二つ進み出た。クロエとレオンである。

 レオンは兵士の剣を手のひらで押さえる。かなりの力がかかったのだろう、兵士が顔を歪めて剣を下げた。


「……誰かしら、あなた」


 クロエがもう一歩前に出ると、男は不審そうな顔をした。


「見ない顔だな。前から村にいたか?」


「それよりも私の質問に答えなさい。お前は誰で、何の権限があって私の領地から税を取ろうと言うの!」


 男はたじろいだ。


「私は代官だ。毎年この村の徴税を担当している。『私の領地』だと? どういう意味だ?」


「そのままだけど? まさか話が行っていないの? ……はぁ、まったく。レオン」


「は。ただ今」


 レオンが家に駆け戻り、すぐに戻って来る。彼から書類を受け取って、クロエは代官に突きつけた。


「セレスティア国王陛下の名により、荒れ地の村はクロエ・ケレス・セレスティア第一王女の直轄領地とする。正式な書状よ。文句ある?」


「な、な、な……」


 代官は絶句した。


「で、でも、クロエ王女といえば追放された無能姫……」


「そんな噂は回っているのね。その追放先がここってわけよ。ところで、面前で王族を無能呼ばわりした無礼。手討ちにされても文句はないわね?」


「滅相もございません!」


 代官は真っ青な顔で平伏した。その頭を睨みつけながら、クロエは続ける。


「村長から聞いたのだけど。お前、税を四割も取っていたそうね。王国法では三割なのに、差額の一割は一体どこに消えたのかしら?」


「そ、それは」


「まぁ、辺境の土地の代官が横領するなんて、よくある話よね」


 クロエが言うと、代官はほっとしたような目で見上げてきた。


「ここまで堂々とやっているなんて、お前の上司のアトゥン伯爵も黙認してるってとこかしら」


 アトゥン伯爵は荒れ地に領地を接する中堅貴族だ。特に功績はないが悪評も少ない人物で、可もなく不可もなく領地を治めている。

 代官は答えなかったが、口の端を歪めた。当たらずといえども遠からずなのだろう。


「じゃあ、中央に直接訴え出たらどうかしら?」


「え」


「私は追放されたも同然の身だけど、王都の人脈が全て消えたわけではないの。小さなミスを大きく騒ぎ立てて、相手の失脚を望む者はいくらでもいるのよ。お前も末端とはいえ貴族社会に連なるものなら、陰湿さは知っているでしょ。お前自身はもちろん、伯爵まで火の粉が降りかかるとなれば、どうなるかしらね?」


 クロエは意地悪く笑った。

 そのようになれば当然、代官は罰せられた上で解雇される。この村で横領をしていたくらいだから、他の場所でやっていないとは思えない。住民からかなり恨まれているだろう。

 そんな人物が公職の後ろ盾をなくせば、この土地で生きていくのは難しい。他の場所に移住するにしても、汚名はついて回る。まともに生きていくのは不可能になる。


 そうと気付いて、代官の顔色は青を通り越して白くなった。


「な、なにとぞお慈悲を!」


「それはお前の『誠意』次第よ」


「何をどうすれば……」


「村長。こいつが徴税をしていたのはいつから?」


「七、八年前からだな」


 村長の答えを聞いてクロエは頷いた。


「では、八年で横領した分を返しなさい。小麦でも金貨でもどちらでもいいわ」


「そんな! そこまでの大金は、とても持っておりません」


「持ってるかどうかなんて関係ないの。かき集めて支払うのよ。できないのであれば、王都に向けて告発の手紙を書く」


「うぐっ……」


「期限はそうね、一ヶ月後で。一日でも遅れたら、覚悟するように」


 クロエの言葉に合わせて、レオンが剣に手を置いて威圧する。兵士たちは一連のやり取りに怖気づいてしまい、代官を守ろうとはしなかった。

 半泣きになった代官が引き上げていって、後ろ姿が見えなくなった後。村人たちが歓声を上げた。


「やったぞ! あのいけ好かない野郎を追い返してやった!」


「ていうか、税金多く取られていたの? ひどすぎる」


「税金で取られた麦があれば、うちのじいさまも死なずに済んだろうに……」


「クロエ様、ありがとう。今年は飢える者を出さずに済みそうだ」


「ありがとう!」


 口々に礼を言われて、クロエは首を振る。


「当たり前のことをしただけよ。不正は許されないわ。ましてや飢えに苦しむ貧しい村からむしり取るなんて」


「そうですね」


 と、レオン。


「しかし殿下が誠意を見せろと言い出した時は、まるでマフィアの首領のような迫力がありました。さすがです」


「褒めてないでしょ、それ」


 クロエはジロリと護衛騎士を睨んだ。


「この村の本来の財産を取り戻すだけよ。金貨でも麦でも、手元にあればそれだけ助かる。特に来年は新しい畑を作って、村を移転するんだもの。お金や食べ物はいくらあっても困らないわ」


「……ええ、そうです」


 レオンは今度は素直に頷いた。


「代官はちゃんと約束を守るかね?」


 村長が心配そうに言ったので、クロエは笑ってみせた。


「念押ししておきましょう。近い内に隣の伯爵領まで顔を出してくるわ。プレッシャーをかけにね」


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