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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第3章

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24:塩花草


 その草はまだ小さいが、葉っぱにふわふわとした短い毛が生えていた。今のところは花の芽などは出ていない。

 みんなで植物図鑑を調べてみても、ぴったり当てはまるものは見つけられなかった。


「図鑑にもないなんて、よほど珍しい草のようね。塩に強いのは確かだし、どんな育ち方をするか様子を見ましょう」


 それから何日かをかけて、クロエたちは草を生やし続けた。【草生える】スキルで生やした草は成長が早い。塩分を含む土はあっという間に塩生植物で覆われていった。

 サンゴ草などの図鑑に載っている草は、図鑑通りの姿に育っている。繊毛が生えた例の草もだんだんと伸びていった。


 さらに数日後。


「そろそろ草刈りして、石鹸のための灰を作りましょうか」


「はーい!」


 クロエと子どもたちが塩の土地に行くと、辺りはすっかり草地になっている。中でもホウキ草は背が高くて、小さな子どもたちの背丈を上回るくらいだ。


「みんな、迷子にならないでねー!」


 ペリテが叫んでいる。最近の彼女はぐんと背が伸びた。しっかりと栄養を取れるようになったおかげだろう。まだ実年齢の八歳よりも幼く見えるものの、だんだんと外見年齢が追いついてきている。

 そんな中、クロエは変わり種の草を見つけた。高さは一フィート(三十センチ)足らずで、葉には柔らかな毛が生えている。そしてその毛の表面には、びっしりと細かい白い粒子がくっついていた。


「これ、図鑑に出ていなかった草よね。この白いのは何かしら」


「めぇ」


 草に手を添えたクロエの横から、魔羊がにゅっと頭を出した。最初に脱走してここへ来た一頭で、今日もついて来たのだ。

 羊は口を開けると、白い粉ごと草をぱくっと食べた。


「あっ」


「めぇ、めぇ~!」


 魔羊はもしゃもしゃと美味しそうに草を食べている。


「アオルシ、この子なんて言ってるの?」


「しょっぱくてウメェー! だってさ」


「じゃあ塩なの、これ?」


 白い砂のような粉をくっつけた草は、所々に生えている。クロエは葉っぱを一枚引きちぎり、指でなぞって粉を口に入れてみた。


「しょっぱ! 塩だわ、これ!」


 口に入れたのは少量だったが、しっかりと塩の味がする。同じく葉の塩を舐めてレオンも眉を寄せた。


「土壌の塩を吸い上げたのでしょうか?」


「でしょうね。何もないところから塩が生まれたわけじゃあるまいし」


「ということは、塩分が多い土壌の改良にもなる?」


「……なるほど」


 どのくらいのペースで地中の塩を吸い上げるのか不明だが、時間をかければ土壌改良は可能だろう。つまりこの塩分のある土地は石鹸の材料となる塩生植物を生やしながら、いずれ畑にも転用できるのだ。

 クロエは塩の草を抜いてみた。根がかなり長くて、引っこ抜くのに苦労した。根っこ部分にも塩と思しき白い結晶が付着している。ただ、葉の方が細かい塩になっていた。根には泥も多いので、塩として利用するなら葉が便利だろう。


「やったわね!」


 思わぬ成果を手にして、クロエはにっこりと笑った。







 夕方、村人が集まった時にクロエはこの話をした。すると技師が手を挙げる。


「心強い話です。というのも、灌漑かんがい設備を作ると塩害が発生する可能性があったのです」


「どういう意味?」


「この土地は長らく乾燥した荒れ地で、土に含まれた塩分が雨で流れることなく溜まりやすい状態でした。昔の村の畑も、初期には塩害が出ていたんですよ」


「あぁ、そういやそうだったな」


 と、村長。技師は続ける。


「灌漑で水の流れを引き込むと、地中の深い部分に眠っていた塩が水に溶けて、地表に出てきてしまうんです。エレウシスでもそういう土地があって、苦労したものです。灰をすき込めば対処可能と考えていましたが、その植物が塩分を吸い上げるなら、その方が確実ですね」


 技師と村長が言うには、塩害対策には灰が一般的であるらしい。

 とはいえ、土壌の塩分を吸い上げるという根本的な対策になって、しかも塩が手に入る。クロエの草の方が何段も有用だった。


「しかし土から採れる塩か。エレウシスには岩塩坑があったっけなぁ。懐かしいぜ」


 村長がしみじみと言った。


「海が近いから海塩もあったが。祭りの日なんかの豚の丸焼きは、豪快に岩塩を砕いて振りかけたもんよ」


「懐かしいですねえ。あの岩塩坑と荒れ地は陸続きですから、この塩も似た味がするかもしれませんね」


 村長の妻も微笑んでいる。


「え、そういうものなの? 塩は塩だと思うけど」


 きょとんとするクロエに、レオンは肩をすくめた。


「殿下。海に由来する海塩と地中から採れる岩塩――この場合は『岩』ではありませんが――は、味わいに違いが出るのですよ。セレスティア王宮の料理は素材によって塩を使い分けていると聞きましたが」


「えっ、あっ、そうね! そういえば塩の味も違うのだわ。王女たる私の舌をもってすれば、判別も容易よ! おーっほほほほ!」


 にょきにょき! わさわさっ。

 久々にやらかしてしまったクロエのせいで、村長の家は草まみれになった。


「ご、ごめんなさい……」


「いえいえ、いつものことですし」


 みんな諦めた表情で淡々と草抜きをしている。ちょっと虚無顔なのは、まぁ仕方ないだろう。


 それからみんなで話し合って、塩の採集は子どもたちの仕事になった。葉っぱについている塩をこそげ取るだけなので、難しい作業ではない。小石で葉の表面を擦ればパラパラと落ちてくる。

 塩の確保を優先するため石鹸作りは先送りになった。やはり薪の借金はリスキーだからだ。

 塩はそれ自体が相応に高い価値を持つ。買わなくて済むなら節約になる。これから先何年も採れるのだから、手元の量によっては売り払ってお金に変えてもいい。


「あたし、がんばるね!」


 仕事を割り振られたペリテは張り切っている。

 子どもたちは、今年の始めまではお腹を減らしながら家でじっとしているばかりだった。クロエがやって来て、牧草地で草を生やしながら遊んだ。魔羊や魔牛とも仲良くなった。

 そこへ村の役に立つ仕事を任せられて、子どもたちはみんな誇らしげな顔をしていた。


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