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20:魔牛スラビー


「でも、美味しそうに草を食べてるね。風タンポポが好きみたい」


 牛たちの様子を観察して、ペリテが首を傾げた。


「……え。そうなの、アオルシ?」


 荒れ地の生き物に詳しいはずのアオルシに聞くが、彼は首を振った。


「そこまで知らないよ。だいたい、今までの荒れ地じゃあ草の種類を選んで食べるほどの余裕がなかったから」


「あいつら、知能はどうかしら?」


「魔羊と同じくらいだと思うけど」


「つまり飼い慣らすのは不可能じゃないってことね」


 クロエは一歩前に出た。腰に手を当てて、大きく息を吸い込んで。


「オ~ッホホホホホ! 草生えますわ!」


 突然高笑いを上げたクロエに、魔牛たちはビクッとした。変なものを見る目でジロジロ見てくる。


「あらあら、いくら美しいからといって、私ばかり見ていていいのかしら? お前たちの好物がたくさん生えているわよ? おーっほほほほ!」


 にょき、にょき! ぴょこん!

 たくさんの風タンポポが芽を出していく。そうと気づいた魔牛スラビーたちは、また夢中でむさぼり食べ始めた。

 高笑い、草生える、草むさぼる。見事な一連の流れである。


 魔牛たちの食欲は無限かと思われたが、とうとう終わりがやって来た。一頭が「げふぅ」と満足げなゲップをすると、他の牛たちも「げ~っぷ」「げっぷぅ」と次々と息を吐いたのだ。


「……って、臭っ! 牛のゲップ、こんなに臭いの?」


「臭いねぇ」


 次々と放たれるゲップはひどい臭いだったが、牧草地の春風がいい感じに吹いてくれたおかげで助かった。

 満足した魔牛たちはその場で膝を折り、まどろみ始めた。魔羊たちが恐る恐る近づいていくが、軽く目を開けるだけで何もしない。


「クローバー、けっこう残ってるね」


 地面に屈み込んでペリテが言った。牛たちはクローバーも食べたが、何と言っても人気ナンバーワンは風タンポポだった。

 羊たちは牛が動かないので安心したようだ。またクローバーを食べ始めた。


「草さえしっかり生やしておけば、共存できるんじゃない?」


「えぇ……。大丈夫かなぁ。魔牛の遊牧経験なんてないよ」


 アオルシは不安そうだ。


「経験? そんなものはこれから積めばいいじゃない。ほら見なさい、あの巨体を。今は痩せているけれど、草をたくさん食べさせて太らせれば、食べきれないほどの肉が取れるわ!」


 クロエはうっとりと魔牛を眺めた。もう長いこと空腹が続いているので、何でも食べ物に見えてくる。

 レオンも剣を収めて頷いた。


「魔牛スラビーの肉は美味で有名です。騎士や冒険者が討伐すれば、肉は高値で取引される。気性が荒く、飼育が難しいのが欠点ですが」


「気性が荒いっていうけれど、寝てるわ。大人しいじゃない」


「それが不思議だよ。いくらお腹いっぱいでも、魔牛があんなにくつろいでるのは初めて見た」


 アオルシが首をひねる。


「まぁ、様子を見ながらやってみようかな。危なくなったら逃げるから。クロエ様、あいつらが腹を空かせないように毎日草を生やしてくださいね」


「任せなさい、私を誰だと思っているの。誇り高き王女クロエ・ケレス・セレスティアよ! おっほほほほ!」


 ぴょこん! また草が生えた。


「……今のはただの高笑いで、スキルじゃないの! めんどくさいわね、もう!」


 地団駄を踏むクロエと、笑う人々。そんな光景を魔牛と魔羊たちがのんびりと眺めていた。







 それからというもの、クロエは毎日牧草地へ通っては草を生やし続けた。

 魔牛スラビーたちは風タンポポが大好き。地中深くまで張った根を掘り返して、花も茎も根も丸ごと食べている。おかげで土がよく耕されて、良い畑になりそうだった。

 気性が荒いとの説に対して大人しいもので、魔羊はもちろん人間を襲う様子はなかった。

 そのためここ数日は、村の子どもたちが食べられる雑草集めに牧草地まで来るようになっていた。


「ねえ、クロエ様。風タンポポの根っこは、ちんせい作用があるんだって」


 牧草地で植物図鑑を読んでいたペリテが言う。


「ちんせい? あぁ、鎮静作用ね。どれどれ……興奮を抑えて心を落ち着ける、と」


「だから牛さん、いい子にしてるのかな?」


「そうねぇ……」


 魔牛が暴れないのはいいが、薬効のある植物を食べすぎるのは問題にならないだろうか。クロエは腕を組んだ。

 とはいえ、風タンポポの根は村人も食べている。調合された薬のように強力な効果があるわけではない。ちょっとしたリラックス効果のあるハーブ程度のものだろう。


「風タンポポを与えながら、他の草も食べさせましょう。あまり偏ると良くないかもしれないわ」


「分かった。もし暴れるようなら、風タンポポを増やしてもらっていい?」


 と、アオルシ。彼は徐々に魔牛と仲良くなって、飼い慣らしつつある。牛たちの中には仔牛と母牛が数頭いるので、もう少し慣れれば乳搾りができそうとのことだった。


「さて、今日の分の草を生やすわよ。お~っほほほほ!」


 クロエの高笑いに応じて、ぴょこ、ぴょこ、ぴょん! と草が芽を出す。

 クロエのスキル熟練度はますます上がり、最近では今まで生やした草の中から自由に種類を選べるようになった。北の牧草地は川が近く、土壌にしっかり水分が含まれているおかげで、根付かせるのに苦労はない。


「クロエ様、手つなご!」


 草を生やすだけならば、もう子どもたちと輪になる必要はない。けれど魔力効率が上がるのは事実だし、何よりもみんなで笑うと楽しかった。


「ええ、みんな、おいで!」


 クロエが両手を広げると、子どもたちがわっと走り寄ってくる。素足になって輪になれば、自然と笑い声が上がった。


「あ、クロエ様。そこに牛さんのフンがあるよ。踏まないように気をつけてね」


「えっ!?」


 クロエが顔を引きつらせて足をもだもださせると、子どもたちは一斉に笑った。輪に加わっているレオンも笑いを噛み殺している。


「めぇ、めぇ」


「ぶもぉ~」


 羊と牛たちも心なしか楽しそうだ。暖かな春の牧草地の時間は、そのように流れていった。


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