02:追放されて草生える
「第一王女クロエ・ケレス・セレスティア。お前の王位継承権を剥奪し、北の土地に領土を与える。速やかに領土へ赴き、ふさわしく統治せよ」
父である国王の声が玉座の間に響いた。
跪礼しながらその言葉を聞いていたクロエは、ぎり、と奥歯を噛み締めた。
(……ふさわしく統治せよ、ですって? よりによって北の荒れ地を? 笑わせてくれるわ)
スキル【草生える】に目覚めてから約一ヶ月。クロエを取り巻く環境は見事なまでに急降下した。
スキルとは才能の証。その人間が持つ潜在能力を分かりやすい形で示したものである。
武芸の才を持つ者であれば、最適な武器スキルや身体強化に関するスキルを。
魔法の才に秀でる者であれば、属性強化やより効率的な術式のスキルを。
それ以外でも生活に役立ったり知識を底上げしたりなど、スキルはその人の力を端的に表すものなのだ。それゆえに、使い道のないスキルは無能の烙印に直結する。
【草生える】
文字面だけでも酷いのに、実際に生えるのは本当にただの雑草。道端にいくらでもある、食べられもせず、薬にもならず、観賞価値すらゼロのものばかり。
クロエは必死に努力した。有用な植物を生やそうとした。薬草、穀物、せめて目に美しい花を。けれど生えるのは――やはり雑草。無慈悲にも雑草。何なら名も知らぬ雑草。雑草畑をいくつも作り上げて、とうとう彼女も諦めた。
(どれだけ努力しても芽が出ないって、草だけに。笑えないわ……)
王女として優秀だったのは、既に過去の栄光になった。今や彼女は「草生える姫」と陰で囁かれる始末。クロエを取り巻いていた貴族たちは蜘蛛の子を散らすように去っていき、残されたのは憐れみと嘲笑だけだった。
「――承知いたしました」
それでもクロエは優雅に応じた。王女の矜持を捨ててなるものか。心では父王と荒れ地に八つ当たりしつつも、表情は完璧な微笑みを浮かべる。
「必ずや私の領地を発展させ、この国の礎にしてみせましょう。豊かで価値ある土地に――、草を生やして!」
せっかくの微笑みはちょっと引きつってしまった。ほとんどヤケクソで啖呵を切ると、文官や大臣たちが失笑を漏らす。
そんな中、兄である第一王子が一歩前に出た。顔にはわざとらしい憂いの表情を浮かべている。
「クロエ、とうとう正気を失ったのか? 北の土地は不毛の荒れ地。発展など夢物語に過ぎん。継承権の剥奪のみ、王籍に残っただけでも父上の慈悲なのだぞ」
(ずいぶんと上から目線ね。どうせ王位継承争いに勝ったつもりでいるのでしょう。兄上はいいわよね、まともなスキルで!)
内心で毒づきつつ、クロエは涼やかに返した。
「ご忠告感謝いたします、兄上。けれどご心配は無用ですわ。雑草が強いということ、いずれご覧に入れましょう。私は必ず戻って来ます。それまではせいぜい、王宮の温室でお茶でも飲んでいてくださいな」
世間知らずの温室育ちと暗に言われて、兄の顔が引きつる。構わずクロエは踵を返した。背筋を伸ばし、堂々とした足取りで。
けれど心の中は不満でいっぱいだった。
(今までの努力も築き上げた立場も、スキル一つで全部台無しになったわ!! ……あーもう……なんで私だけ草なのよ……!)
そして数日後。クロエの出立の日がやって来る。
早朝、王城の門にいるのはわずかな侍女と侍従のみだった。まるで左遷される中間管理職の見送りのような空気感である。
「姫様、どうかご無事で……」
「心配いらなくてよ。これから強くたくましく生きていくつもりですから。雑草魂で?」
自分で言ってみて気付いたが、大司教のギャグはやっぱり腹立つ。
一発殴っておかなかったのを軽く後悔した。
と。
「姉さま!」
まだ幼い弟のサルトが走って来る。息を切らしながら差し出してきたのは、分厚い植物図鑑だった。
「きっと役に立つと思って、取り寄せた本です。姉さまのスキル、本当はすごいって信じています。役立たずなんかじゃないと!」
サルトの眼差しには、心から姉を思う気持ちが込められていた。
「……ふふっ。サルト、ありがとう」
思わず笑うと、足元の石畳の隙間からぴょこんと一本の雑草が生えた。
「空気読みすぎじゃない? このスキル」
お通夜のような空気がちょっと和らいだ。草生えるスキルもたまには役に立つ。
弟の髪を撫でて別れを告げ、クロエは荷馬車に乗り込んだ。最低限の物資だけを積んだ粗末な馬車だった。
「さて――草生える王女の新生活、始まりですわよっ!」
季節は早春。空元気全開の旅立ちだった。