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18:春と遅霜


 アオルシたち遊牧民と魔羊が加わった村は、活気が生まれている。

 とはいえ細々と耕した畑は小さくて、あまり作物は見込めない。水が豊富に手に入ったことから、村長宅に村人が集まって畑の拡大が話し合われた。


「畑を増やしたいのは山々だが、今の俺らは体力に余裕がない」


 村長が無念そうに言った。今でこそ魔羊の乳を絞って飲んだりチーズを作ったりしているものの、村人たちは長らく栄養不足の状態だった。乏しい麦と雑草ばかり食べていた。

 作物が実るのは早くても夏頃。食料不足は今日明日にすぐに改善するものではない。

 クロエは考える。体が弱った村人たちに無理はさせられない。それに、北に半日行けば大きな川がある。どうせならば、新しい畑はもっと川に近い位置に作った方がいいのではないか。


「しばらくは現状維持として。あまり人手を取られずに、畑を作る方法があるといいのだけど」


「それなら魔羊の放牧はどうかな?」


 アオルシが手を挙げた。


「クロエ様に草を生やしてもらえば、羊たちは喜んで食べる。クローバーなんかは大好物で、根っこを掘り起こして食べるよ。それにフンをするだろ。土起こしと肥料になるんじゃない?」


「おお、いいな。夏には多少の余裕も出るだろう。秋播きの種を新しい畑に撒いてもいい。クローバーは緑肥にもなる」


 村長が嬉しそうに笑った。クロエが口を挟む。


「放牧は他にも、輪作にいいんじゃなかったかしら?」


二圃制にほせいな。同じ作物を何年も続けて育てると、土地が痩せるんだ。魔羊を放牧してクローバーとフンで土の力を戻してやれば、また良い畑になる」


「さすがに詳しいわね」


「まあな、俺は昔から農民だ。荒れ地に連れてこられてからは十五年だが、その前も故郷で畑を耕していた」


「村長の故郷はここじゃないの?」


「ちげえよ。ここを故郷とする奴なんざ、ガキどもだけだ。俺たちはもともとエレウシス王国の……」


 彼はそこまで言いかけて、はっとして口をつぐんだ。

 エレウシス王国は十五年前にクロエの生国セレスティア王国に滅ぼされた国だ。荒れ地の北西に位置した小国で、今は完全に破壊されて、住民は強制移住させられた。被征服民として差別され、荒れ地の開拓や鉱山の労働など過酷な仕事に従事している。


 クロエは無言で彼らを見やった。村人の多くは黒や灰色、茶色など、地味な色合いの髪や瞳をしている。金色や銀色、果てはピンクや水色のカラフルな色彩を持つセレスティア人とは違った雰囲気を持っていた。


「私はエレウシス人を差別するつもりはないわ。ただ、正面から王都に訴えても聞き入れてもらえないと思う。私にもっと力があれば違っただろうけど、今のクロエ・ケレス・セレスティアは追放された王女だから」


 辛うじて王籍に残っているだけの、王位継承権を剥奪された無能王女。それが今のクロエの評価だ。


「あぁ、いいんだ。別に姫さんを悪く思っちゃいねえよ。あんたはあの国の王族だが、エレウシス戦争の時は生まれたばかりだったろう? 赤ん坊に責任はなかろうよ」


 村長はそう言うが、多くの村人は複雑そうな表情を浮かべていた。彼らは今でこそクロエに心を開いてくれたが、それも草生えるスキルと水脈発見の実績があってこそ。祖国を滅亡に追い込んだ敵国への感情は、そう簡単に拭えないだろう。


「……とにかく、今は現状の畑をよく手入れして、夏まで食べつないでいかないとね。魔羊を放牧する場所は、北の川に近い場所にしようと思っているのだけど、どうかしら?」


「いいんじゃねえか。川から灌漑かんがい用の水路を引いてもいいし、簡易井戸を掘ってもいい。水があると楽だわな」


 村長が軽い口調で言ったので、クロエは瞬きした。


「簡単に言うけど、そんな設備作れるの?」


「もうちょい体力が戻れば、何とでもなる。ほら、こいつ」


 村長は村人の一人の腕を掴んで前に出した。四十歳前後に見える男性である。


「こいつは元技師でな。一通りの技術ならある。な?」


「ええまあ。道具がないので、簡単なものに限定されますが」


「そんな人がいたのね!」


 クロエが驚くと、技師は苦笑した。


「セレスティアの強制移住で、無理やり農民にさせられましてね。以来十五年、ずっと畑と格闘ばかりしていたから、技が鈍っていそうですが」


「そうだったの……」


 ただの死にかけた農村に見えて、意外な人材がいる。これまで名乗りを上げなかったのは、やはりクロエを信用していなかったからだろう。それが今では心を許してくれている。

 強制移住政策は許されたものではないが、今は技師の存在がありがたかった。


 基本方針は決まった。クロエと村人たちは力を合わせて、夏を目指すことにした。







 季節は早春が終わって、そろそろ春も折り返しに差し掛かる。

 ところが荒れ地は寒気に襲われた。ある朝クロエが目覚めると、毛布をかぶっていてもはっきりと寒さを感じる。ここ数日の穏やかな陽気が嘘のようだった。

 レオンを連れて畑の様子を見に行けば、村人たちがうなだれていた。せっかく芽を出した麦や野菜の苗が、霜でやられてしまっている。


「たまにあるんですよ。あったかくなったと思って油断していたら、冬に逆戻り」


 村人は力なく笑った。


「前もって分かっていれば、対策できたのに」


「対策はどうするの? 今からでも間に合わない?」


 クロエの言葉に村人たちが口々に答えた。


「対策は、藁をかぶせてやります。苗の毛布みたいなもんですね、温めて霜がつかないようにする」


「今からでもやらないよりはマシかな。やっとくか」


「もう無理だろ。ほら、この辺の麦は枯れかけだ」


 希望をもって働き始めた矢先の出来事に、誰もが落胆を隠せないでいる。


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