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14:歌に乗せて


「……すぐには決められない。少し考える時間をちょうだい」


 族長が頷いた。


「分かった。ただ、我らとの約束を忘れないでいただきたい。この場所に草を生やす約束だ」


「ええ、それはもちろんよ。今からやってもいいけど、どうする?」


「では頼もう」


「分かったわ」


 クロエは靴を脱ぎ捨てて素足になると、腰に手を当てた。大きく息を吸い込む。


「おーっほほほほ! 草よ、生えなさい!」


 にょき、にょき!

 土から次々と草が芽吹いた。クロエの熟練度が上がっているのもあるが、やはり水分が多い場所だと草が生えやすい。


「え、お客人、どうしたの……?」


「急におかしくなった?」


 突然高笑いを始めたクロエに、遊牧民たちはドン引きしている。事前の説明があったものの、やはり目の当たりにするとイカレて見えるようだ。クロエは内心でちょっとだけ傷ついた(もちろん表には出さない)。

 羊たちも最初は驚いていたが、好物の草が生えると知ると殺到を始めた。


「お~っほほほほ! あっ、こら! 生えたそばから食べたら、育たないでしょ!」


 羊たちはお腹を減らしていたようで、ぴょこんと生えた草の芽をむしゃむしゃと食べてしまった。


「お前たち、ちょっとだけ待ってくれ」


 ピュイ! とアオルシが指笛を吹くと、羊たちはしぶしぶ食べるのを止めて顔を上げた。


「おーほほほほ! 草よ、草! さあみんな、一緒に笑って!」


「えっ?」


「裸足になって手を繋ぐと、スキルの効果が上がるのよ。少なくとも村ではそうだったわ。さあ!」


「あ、ああ」


 族長とアオルシは戸惑いながらも靴を脱いで、それぞれクロエの片手を取った。他の遊牧民たちも首を傾げながらも協力してくれた。


「ほら、レオン。あなたも諦めて加わりなさい」


「いえ、私は」


「知ってるわよ、いつもドン引きの顔で私を見てるの。いい加減他人事じゃなくて、当事者意識を持ってほしいわね。朱に交われば赤くなるって言うでしょ。ほら、ほら!」


「そのことわざは良い意味ではありませんよ」


「いいからやる!」


 クロエはレオンのすねを蹴って、無理やり輪に押し込んだ。


「さあみんな、なるべく楽しいことを想像して、いっぱい笑うのよ。そうしたら大草原だから! おーっほほほほ!」


「え、えーと、わっはっは?」


「あはは、あはは……はぁ」


 遊牧民たちは大人が多いためか、村の子どもたちよりノリが悪い。クロエは眉を寄せた。


「アオルシ、何とかしてよ」


「何とかって言われても……。あ」


「何か思いついた?」


「うん。ただ笑うんじゃなくて、祭りの歌のメロディに乗せていいかな? まずは歌って、次に笑うんだ」


「いいわね」


 アオルシは頷いて歌い始めた。


『太陽は、昇っては沈む。雨と草とを追いかけて、私は駆ける。風は西から吹いてきて、恵みのしるしを鳥がついばむ』


 素朴なメロディが繰り返される。遊牧民にとっておなじみの歌なのだろう、すぐにみなが歌い始めた。


『羊たちよ、大いに食べよ。雨と草と水の恵みを。森は消えたが、草は残る。大地は衰え、水は眠っても、羊と人は駆け続ける』


 アオルシの目配せを受けて、クロエは大きく息を吸い込んだ。


「お~っほほほほ! 恵みの草よ、生えなさい」


 歌でテンションが上がっていた遊牧民たちは、今度こそ笑い始めた。


「笑って草が生えるなら、安いもんだ! あっはっはは!」


「うふふ、うふふ! 風よ、笑い声を乗せていけ!」


 手をつないで輪になって、踊り始める。くるくる、ぐるぐると。

 笑い声に呼ばれるように、次々と草が芽吹いた。雑多な雑草だが、魔羊たちが好むクローバーも含まれている。羊たちは大喜びで草を食んだ。

 人々の輪が草を生やす勢いは強く、羊たちが食べ続けてもなお草が生える早さの方が上。クロエと遊牧民たちは輪になったまま、水場の周りを練り歩く。歩いた跡にどんどん草が生えて、一周する頃には緑が広がっていた。


「すごい……!」


 緑の草場になった周囲を見て、アオルシが叫んだ。


「これだけあれば、魔羊たちがお腹いっぱいになってもまだ余るよ! クロエ様、ありがとう!」


「ふふん。どういたしまして」


 クロエは胸を張る。実は派手に魔力を使ったせいでふらふらなのだが、そこは虚勢で誤魔化した。


「わしからも礼を言おう。貴殿の力がここまでとは思わなんだ」


 族長も胸に手を当てて頭を下げた。他の遊牧民たちも興奮した様子で、草を触ったり羊たちを撫でたりしている。


「いいのよ。でもちょっと疲れたわ」


 クロエは草地に腰を下ろした。ふかふかの草が心地よい。思い切って寝転がってみれば、どこまでも広がる空がまるで高い高い天井のように大地を覆っているのが見えた。その空を鳥たちが飛んでいく。


(……風は西から吹いてきて、恵みのしるしを鳥がついばむ)


 先ほどアオルシが歌っていた、遊牧民の歌の一節だ。西、恵み。石板との奇妙な一致に、クロエは内心で首を傾げた。


(森は消えたが、草は残る。大地は衰え、水は眠っても……。森ってどういうことかしら。ここは昔から荒れ地で、草すら少ないのに)


 一度気になり始めると、疑問は膨らんでいった。







 水場の周囲はすっかり野原になって、魔羊たちが大喜びで草を食べていた。遊牧民たちは笑顔で手を取り合って、裸足のまま草の感触を楽しんでいる。

 その様子を感慨深そうに眺めながら、族長が口を開いた。


「クロエ殿。すっかり世話になってしまったな。ここまで大きな力を振るってもらった以上、わしも相応の恩を返さねばならん。水脈探しの旅、最後まで付き合おう」


 クロエは起き上がって彼を見た。


「あら、そう? でも石板の内容だけじゃはっきりしないでしょう」


「……いや。多少の心当たりはある」


 アオルシがやって来て口を出した。


「ここから西っていうと、ウィルの丘だろ? 父さん」


「うむ。ウィルの丘は例の干上がった川の大元で、魔力の濃い場所でもある」


「魔力が濃い? 荒れ地の中にそんな場所があるの?」


「荒れ地は総じて魔力が薄いが、それでも多少のムラがある。ウィルの丘は中でも特に魔力が濃い場所だ」


 族長のスキルは【魔力感知】。荒れ地を広く旅しながら遊牧している彼は、その場所ごとの魔力を覚えているのだという。


「この水場も魔力がある方だが、丘はもう一段濃い。草木も少しは茂っていて、遊牧には欠かせない場所だ」


「へぇ? 確かに魔力があれば、植物は育っていけるけど……」


 クロエは迷った。西の土地で眠っているのは精霊だという。救世教においての精霊とは、悪霊の類である。クロエはさほど信心深い方ではないが、長年教え込まれた価値観をすぐに変えるのは難しい。


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