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13:水場


 そうして移動を続けること、五日。クロエたちは目的地に到着した。


「ここが、水場……」


 目の前の地面がくぼんでおり、底の方に水が溜まっていた。周囲には草がまばらに生えている。

 水量は想像以上に少なかった。くぼみ自体がほんの五~六ヤード(五メートル前後)ほどであり、水はその六割程度を満たしているに過ぎない。小さな池といった様相だ。


「この水場も、昔はもう少し大きかったのだが。年々水量が減って、この有り様だ」


 族長が首を振った。

 羊たちは水場の周囲にやってきて、草を食べたり水を飲んだりしている。たくさんの羊が水を飲めば、すぐにでも枯れてしまいそうな気がして、クロエははらはらした。


「草は生えるだろうか?」


 族長に言われてクロエは我に返った。


「その前に石板とやらを見たいわ」


「それならこっちだよ」


 アオルシが池のほとりに立って手招きしている。クロエが近づくと、半ば池に埋もれるようにして古い石板が立っていた。

 表面は半ば苔で覆われていて、欠けも多い。アオルシが小刀の背で苔を削ぎ落とした。確かに文字らしきものが刻まれている。


「どう? 読める?」


「……これは」


 地面に片膝をつき、クロエは石板を見つめた。

 しばらく無言の時間が流れて、やがて彼女は言った。


「読めないわ!」


「えっ」


 アオルシが絶句して、すぐに文句を言い始めた。


「あんなに自信満々に『読める』って言ったのに! あれ、何だったのさ」


「うるさいわね、私はセレスティア王国といくつかの国の字が読めるって言っただけよ。これは私の知らない字なの!」


「水脈の話は!?」


「……少なくとも石板をヒントにするのは無理ね」


「詐欺だろ、それ!」


 顔を真っ赤にするアオルシに、さすがにクロエも罪悪感を覚えた。


「詐欺じゃないわ! とりあえず水場の周りに草を生やす約束は守るから。それでいいでしょ」


 わあわあと言い合う二人を横目に、レオンが石板に近づいた。屈み込むように石板を見る。


「古代文字のようです」


 彼の言葉に、クロエとアオルシはぴたりと言い合いを止めた。


「レオン、分かるの? 読める?」


「……一応は。欠けが多いので、読める部分だけですとこんな感じでしょうか」


『ここより西の■■にて、精霊の輪を描くべし。その中央の■に、水の精霊が眠っている。■■■の守り人の血と意思で、それは目覚めるだろう』


「水の精霊……?」


 クロエが眉を寄せる。


「ちょっとよく分からないわね。西というのも漠然としているし、精霊の輪が何なのかも分からない。精霊が眠っているからといって、何なのかしら」


「精霊は、自然の化身ではないのか?」


 話を聞いていた族長が口を挟んだ。


「我らの古い信仰に、そういったものがある。天と地の間に満ちる精霊の力に感謝して、日々を生きるというものだ」


「……あなたたちは、精霊信者なの?」


 クロエはジロリと族長を睨んだ。


「あまり大っぴらに言わない方がいいわ。精霊は人を惑わす邪悪な存在。力の強い精霊もいるというけれど、大抵が悪霊のようなものよ」


「セレスティア王国や聖都市でそう信じられているのは、わしも知っている」


 族長は肩をすくめた。


「町に行くこともあるし、行商人と接触することもあるからな。だが、我らの生き方をとやかく言われる覚えはない。精霊は古い古い時代から我々の守護者だった。風の精霊に導かれて歩き、大地と水の精霊の恵みを受けて生きた。悪霊などとは思えぬ」


「私も宗教議論をするつもりはないわ。救世教ではそう言われているってだけで」


 クロエは首を振る。救世教はセレスティア王国の国教だが、クロエ自身は敬虔な信徒というわけではない。


 クロエも以前はそれなりに真面目に救世教を信仰していたが、スキル鑑定の件で一気に嫌になった。優秀な努力家であるクロエに、草生えるなどというふざけたスキルが与えられたのだ。ボンクラの兄王子はまともなスキルだったのに。

 草生えるスキルの真価に、彼女も気づき始めているが……それでも最初のインパクトは悪い意味ですごかった。

 神様は公平どころか意地悪だと実感した。それと、大司教が嫌いになった。雑草魂の件は今でも根に持っているのである。

 

「というか、レオン。あなたどうして古代文字が読めるのかしら? この私ですら読めなかったのに」


 クロエの問いにレオンは目を石板に落としたまま答えた。


「たまたま学ぶ機会があっただけです。王立学院にもカリキュラムがありました」


「あったかしら……? 小さいゼミとか?」


 クロエは優秀な学生だった。主だった教科は全て網羅して、その多くで首席を取っていた。その彼女をして古代文字の教室はとっさに思い出せない。

 そもそも古代文字は、千年以上前に栄えていたという古代文明の文字。古代文明は完全に断絶してしまっていて、どういったものなのかあまり知られていない。学問としてもマイナーだった。


「まぁ、そんなところです」


 レオンは石板から目を離し、立ち上がる。


「それで、どうしますか。石板の内容は不確かです。水の精霊の力を解放する儀式が示唆されているが、試してみますか?」


「……それは」


 クロエは言葉に詰まった。水の、というからには水脈に関係している可能性がある。けれど精霊は、彼女の常識上は悪霊だ。そんなものを解放してしまっていいのだろうかと思う。

 だが一方で、遊牧民たちの古い信仰では精霊は自然の化身であるという。『水の精霊が眠っている』を素直に解釈すれば、西のなにがしこそが水脈の原点となる。





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