表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/69

10:訪れ


 ある日、クロエと子どもたちが原っぱで輪になっていると、荒れ地の北側に土埃が立っているのが見えた。

 土埃はみるみるうちに近づいてきて、原っぱまでやって来る。その正体は、たくさんの羊たちであった。


「やあ、こんにちは! こんなところに草地があるなんて、すごいね」


 羊の群れの陰から、一人の少年が顔を出した。十代前半と思しき年頃で、赤茶の髪に鳶色の目をしている。

 羊たちは原っぱに殺到すると、むしゃむしゃと草を食べ始めた。


「あっ、こら! あたしたちの草、勝手に食べるなー!」


「めぇ~」


 ペリテが顔を真っ赤にして羊の毛を引っ張るが、びくともしない。羊飼いの少年は焦ったように眉尻を下げた。


「ご、ごめん! この草、食べちゃ駄目だった? こいつら、クローバーが大好きで。見つけたら止まらないんだ」


「別にいいわよ、雑草だから。畑の作物は駄目だけどね」


 クロエが答えると、少年はほっとした顔になった。


「良かった。……俺はアオルシ、一族の長を父に持つ羊飼いだ。荒れ地で遊牧しながら暮らしているんだけど、こっちの方まで来たのは初めてで。村があるのも、草地があるのも知らなかった」


「私はクロエよ。じゃあどうして今日は来たのかしら?」


「羊たちがどうしてもこっちに行きたいって、騒いで。こいつら、エサがある場所が分かるんだよ」


 アオルシは草を食べ続ける羊の頭を撫でた。羊はちょっと目を上げて「めぇ」と鳴く。


「クローバー、すごくウマいってさ。こんなにウマい草は久々だって言ってる」


「あなた、羊の言葉が分かるの?」


 クロエが驚くと、アオルシは得意そうに鼻をこすった。


「まあね。俺たちは羊と共に暮らす遊牧民。心が通じ合っているんだ。特にこいつらは魔羊といって、普通の羊よりも強くて賢い種類だから」


「あたしだって草と心が通じ合っているもん!」


 ペリテが負けじと声を上げた。


「草、食べられて悲しいって言ってるよ!」


「うっ、ごめん。でも羊は草を食べるけど、蹄で大地を耕して、フンをして土を豊かにするから。それで許してくれない?」


「…………」


 ペリテはアオルシと羊、草地を交互に眺めて何やら考え込んだ。ややあって口を開く。


「……じゃあ、しかたない。許してあげる」


「ありがとう! 草と心が通じているの、本当なんだね」


「ふふん」


 胸を張るペリテを微笑ましく見た後、クロエはアオルシに向き直った。


「あなた、アオルシといったわね。遊牧して暮らしているそうだけど、羊たちのエサはどうしているの? 見渡す限り荒れ地で、ろくな草は生えていないと思うけど」


「それは季節と場所による。少しでも雨が降れば草が生えるし、水場もある」


「水場があるの!?」


 クロエは思わず声を上げた。







 この乾ききった荒れ地に水場があったとは。


「水場はどこにあるの?」


 クロエは真剣な表情で尋ねるが。


「あー、ごめん。一族の掟で場所は教えられないんだ。水は貴重で、奪い合いになってしまうから」


 アオルシは申し訳なさそうに下を見ている。クロエは鼻を鳴らして、頭の中で素早く作戦を立てた。


「あっそう。私の村の草をさんざん食い荒らしておいて、勝手なことを言うわけね」


「えっ。草、食べてもいいって言ったじゃん!」


 慌てる少年に、クロエは追撃をかけた。


「いくら何でも食べすぎでしょ。こっちだってタダで草を生やしたわけじゃないのよ。今すぐ羊どもを止めなさい!」


「む、無理だよ! こいつら満足するまで動かないもん」


「なら水場を教えなさい。水が貴重なら草だって貴重なのよ!」


「ううっ……」


 アオルシは泣きそうな顔で羊の一頭に抱きついた。羊は少し困ったように「めぇぇ」と鳴いた。


「俺だけじゃ決められない。父さんに相談しなきゃだから、一度戻りたい」


「ふうん、いいけど。逃げる気じゃないでしょうね。草の食い逃げ」


「逃げないよ! 草のお礼はちゃんとする。信じてくれ」


「なら、羊を……そうね、五頭ばかり置いていきなさい。お前が逃げたら羊はいただくわ」


 クロエが言い放つと、アオルシは目を丸くして羊をぎゅうっと抱きしめた。


「五頭も!? 人質、いや、羊質なら一頭でいいだろ!」


「冗談。私にはお前を信じる義理はないのよ。五頭か、それとも今すぐ水場に案内するか。選びなさい」


 クロエの背後でレオンが「悪辣……」と呟くのが聞こえたので、足を踏んでおいた。もっとも素足でブーツを踏んだので、物理的ダメージは皆無に違いない。


 クロエの言い分は無茶苦茶である。最初に草を食べていいと言ったにもかかわらず、さっさと前言撤回して羊質まで要求した。アオルシがその不条理に気づく前に、勢いで押し切ってしまう作戦だった。


「選びなさい、さあ!」


「う、う……」


「煮えきらないわね。仕方ない、羊は三頭で勘弁してあげるわ。これでいいでしょ、さっさと行ってきなさい!」


 元々の要求が無茶なので、五頭を三頭にしたところで譲歩でも何でもない。しかしクロエの勢いに飲まれたアオルシは頷いてしまった。


「わ、分かった。三頭なら」


 彼はピュイと指笛を吹いた。草を食べていた羊たちがぴくりと顔を上げる。ピュイ、ピュウ、と少しだけ調子を変えて指笛を吹けば、羊たちはぞろぞろとアオルシの周囲に集まってきた。どの羊も満足げな顔をしている。どうやらそれなりに満腹になっているらしい。

 その羊たちの頭を撫でて、アオルシは三頭を前に出した。


「ごめん、ごめんな、お前たち。必ず帰ってくるから、待っていてくれ。……クロエさん、この子たちを傷つけるような真似はしないでくれ」


「何よ、人を悪者みたいに。あと、私のことはクロエ様と呼びなさい」


「はぁ。クロエ様」


「よろしい。では、いつまでに戻るかしら?」


「四日以内には」


「分かったわ。四日が過ぎたら羊を解体して羊肉パーティを開くから、そのつもりでいなさい」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ