01:意味不明で草生える
荘厳な神殿の回廊を一人の少女が歩いていく。
深い輝きを放つ蜂蜜色の髪に、強い意志の宿る翠緑の瞳。
クロエ・ケレス・セレスティア第一王女は、十五歳の誕生日の今日、スキル鑑定の儀式に臨もうとしていた。
クロエ王女が足を止めた先には、救世教の大司教である男が立っている。聖職者のフードを目深にかぶり顔立ちはよく見えないが、まだ若い。フードからこぼれた艷やかな黒髪がさらりと揺れた。
「王女殿下。この水晶玉に手をかざしてください」
「ええ」
クロエが言われた通りにすると、水晶玉が淡く光った。
クロエは口元に笑みを浮かべながら、その様子を眺める。彼女には絶対の自信があった。王女にして秀才の名をほしいままにしている自分にふさわしい、強力なスキルが告げられると。
……ふと。
輝きを増す水晶玉に黒い霧がかかった――ような気がした。
しかしそれは一瞬のこと。瞬きすれば消えてしまっている。
「クロエ殿下のスキルは……」
大司教が口を開いた。クロエも居並ぶ神官や王城の関係者も、息を呑んで耳を澄ました。
「【草生える】、です」
戸惑いがちに告げられたスキル名に、海よりも深い沈黙が落ちた。
「……えっと?」
深い深い沈黙を破ったのはクロエである。
「聞き間違えかしら? スキルにあるまじき、おかしな言葉が聞こえたのだけど」
「いえ、聞き間違いではありません。間違いなく【草生える】です」
「意味不明すぎて草生える……」
下っ端の神官がボソッと言って、隣の同僚に頭をはたかれた。
クロエはそのやりとりを聞かなかったことにして、再度尋ねる。
「……そのスキルはどんな効果なのかしら」
大司教の前の水晶玉が光る。【草生える】の下に説明文が浮かび上がった。
『笑うと雑草が生えます』
「話にならないわ!!」
クロエは思わず拳を水晶玉に叩きつけようとして、すんでのところで思いとどまった。
「なんかこう……あるでしょ!? 大地の奇跡を呼ぶとか、そういうすごい効果が!」
「実践してみてはいかがですか」
大司教が目配せすると、神官が鉢植えを持ってきた。何も植えられていない土だけが入った鉢植えだ。
「……草生える」
何も起きない。大司教は首を振った。
「説明文には『笑うと』とあります。笑うのが条件なのでしょう」
クロエは顔を引きつらせながらも、無理矢理に笑ってみせた。
「ふっ、一筋縄じゃいかないってことね。いいわ、茶番に付き合ってあげる。おーっほほほほ! 草生えますわ!」
ぴょこん!
笑い声に反応して、小さな草の芽が土から飛び出した。
鉢植えを持ってきた神官が言う。
「あーこれ、雑草ですね。そのへんによく生えていて、邪魔で、何の役にも立たない草です。僕、ガーデニングは得意なので間違いありません」
「……鉢植えがいけないのかもしれないわ。外の土で試してみる!」
クロエは大司教とその他の人々を連れて、神殿の中庭へ出た。今はまだ冬だったが、整備中で土がむき出しの一角があったので、その前に立つ。
「おーっほほほほ! 草よ、生えなさい。大草原ですわ!」
ぴょこん! ぴょこ!
まばらに草の芽が生えてくる。大草原には程遠いし、どれもがただの雑草だった。
「薬草、薬草生えなさい!」
雑草である。
「穀物! 国の主食である麦を!!」
食べられない雑草である。
「くっ! じゃあきれいな花を!」
花が咲かない系の雑草である。
「いっそのこと、木! 果樹!」
一年草の雑草である……!
試みが全て不発に終わって、クロエはがっくりと膝をついた。そんな彼女の肩に大司教は手を置いた。
「たとえ雑草であっても生命に違いありません。王女殿下におかれましては、あまり落胆されず精進を続けるよう進言いたします。心を強く持ちなさい。雑草魂、なんちゃって」
ブチ切れたクロエが大司教の胸ぐらを掴んでガクガクしたのは言うまでもない。
クロエ・ケレス・セレスティア第一王女。あまりにも過酷で馬鹿らしい十五歳の誕生日だった。
けれどこれで災難が終わるはずもなく、彼女の運命はさらに転がっていくのだった。
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