7話 ただの兵ではない
この砦では、奴隷兵にも軍事訓練が課されていた。訓練は常に過酷であり、特に対戦形式の演習で負けた者には、蔑みの目が向けられ、配給すら削られることもあった。
足を負傷していた彼もまた、治癒後は負け続けていた。かつての惨劇が脳裏を離れず、戦う理由を見出せなくなっていたのだ。
だが今は違う。彼の内に、守るべき存在ができた。この砦を、そしてあの人を守らねばならない。その意志が、再びかつての将軍を目覚めさせた。
信頼を得るには、まず力を示すこと。それを彼は誰よりも理解していた。
以後、彼は訓練で一度も敗れなかった。対戦形式でも、戦術演習でも、すべてにおいて他を圧倒し、その姿に皆が目を見張った。
砦の朝に、目に見える変化が現れ始めた。重苦しい空気の中、一人の男だけが、まっすぐに前を見て歩いていた。
今やその男は、ノルドと呼ばれていた。名も地位も捨てた元将軍。砦でその正体を知る者はいない。
彼の背中には、生き残った者にしか持ちえない決意が滲んでいた。
彼は仲間を選び始めた。最初に目をとめたのは、粗野で無骨ながらも、足の故障から立ち直ったばかりの男だった。訓練で倒れても、歯を食いしばって立ち上がる姿が印象的だった。
無駄に喋らず、怯えもせず、身体に戦いの記憶を刻んだ者。門を守っていた者、軍にいた者。
「以前は?」
低く絞り出された声が答えた。「鉱山兵だった。突撃槍」
それに続き、他の者たちも静かに口を開いていく。彼は頷き、夜になると火を囲んで訓練を始めた。
槍の持ち方、盾の角度、足の運び。
「隊列とは、信頼でつながる線だ」
「目で合図しろ。命令は最小限でいい」
最初は疑いの目が向けられた。だが三日も経てば、誰もが気づいた。
「見たか……あの人、誰にも負けてない」
「ただの奴隷じゃねぇ……あれは、俺たちの英雄だ」
その言葉が火を囲む輪の中で静かに広がっていった。
彼は情報を集めていた。砦の構造、崩れた壁、裏門の死角、過去の侵攻経路。敵の動きを分析し、地図を頭に描いていた。
「南の岩場が狙われる。見張りが手薄だ」
「侵攻も大半が南から来ている」
冷静な予測に、周囲の眼差しが変わっていく。
かつて訓練に興味すら持たなかった者たちが、自ら武器を取るようになった。
「教えてくれ。あんたみたいに戦えるようになりたい」
砦の片隅で行われる非公式の訓練。その中心に立つのは、かつて敗れ続けていた男だった。
炊き場の隅から、少女がその姿を見つめていた。
──変わった。あの人は、本当に変わった。
その変化が少しだけ遠く感じられて、胸がチクリと痛んだ。
彼がふと振り返り、静かに少女の目を見つめる。
言葉はなかった。けれど、その目が語っていた。
──「私は変わった。君がいたからだ」
その歩みは、もはや過去を背負っていない。
生きる意味を見失っていた男は、今、仲間たちとともに新たな戦いの準備を歩み始めていた。
焚き火の輪が広がっていく。
周囲は彼を英雄と呼び始めたが──彼が見ていたのは、ただ一つの背中だった。
plusに頑張らせた。会話は修正。
総合評価:94 / 100点 妥当かな