5話 変化の兆し
朝霧が砦の地をやわらかく包んでいた。
兵舎裏区画には、昨夜の雨の余韻がまだ残っていた。土と鉄、汗の匂いが混ざる。遠くでは金属のぶつかる音と、誰かの咳が微かに響いていた。瓦礫の隙間から小さく覗いた草は、踏みならされた泥の中で弱々しく揺れていた。
マルレーネは、今日もその区画へ足を運ぶ。ぬかるみに足を取られながら、壊れかけた木箱を押し戻し、泥に染まった藁を一つひとつ手で集めていく。
湿った布で床を拭きながら、指先のひび割れにしみる痛みに目を細めたが、それでも手を止めることはなかった。
昨日と同じようで、少しずつ変わりゆく日常。
その姿を、ノルドは少し離れた場所から静かに見ていた。
あいかわらず無言のまま。表情に大きな変化はない。
だが、ごく小さく彼の行動が変わり始めていた。
壊れた桶を拾い、ゆっくりと水場へ向かう。使い終えた包帯を丁寧にたたんで隅に置き、泥にまみれた靴を水たまりで軽くすすぐ。以前の彼には見られなかった仕草だった。
周囲の兵たちは、そのささやかな変化に気づきはじめていた。
「……あいつ、最近ちょっと違うよな」
焚き火のそばで作業していた男が小声で呟く。隣の兵が「怪我が治っただけだろ」と返すが、その目にはどこか柔らかさが宿っていた。
ノルドは何も言わず、静かに資材の前へ戻る。
数日後には、彼の足の傷も癒え、荷運びや資材整理といった砦内の重労働が任されるようになっていた。
重たい木材を運び、崩れかけた石壁を修復する。無駄のない動きで黙々と作業を続けるノルドの姿に、周囲もまた自然と手を貸し始めていた。
ある日、足の悪い兵が荷車の前で困っていた。
ノルドは黙って後ろから手を添え、静かに力を加えた。兵は驚いたように彼を見たが、やがて小さくうなずいた。
別の日には、小柄な若者が薪を抱えて歩いていたが、足を滑らせて崩してしまう。
ノルドは黙って屈み、ばらばらになった木片を集めて差し出した。
「……ありがとな」
青年兵が小さく礼を言う。ノルドは何も返さなかったが、その瞳の奥に、かすかな揺れがあった。
それに気づいたのは、マルレーネだった。
夕方、炊事場で湯を沸かしていた彼女は、誰かの視線を感じて振り返る。
焚き火の近くに座るノルドが、わずかにこちらを見ていたようだった。
そのまなざしは遠くを見ているようで、それでいて以前よりも澱みのない静けさをたたえていた。
(……変わった)
マルレーネは、言葉にはせず心の中でつぶやいた。
胸の奥に、じんわりとした感情が湧き上がる。
(なぜだろう、こんな……気持ち)
それは恋ではない。ただ、心からうれしいという、あたたかな感情だった。
誰かの変化を目にし、自分のなかにも光が射し込むような、そんな不思議な感覚。
彼女は、かすかに首をかしげて視線を落とす。
ノルドは少しだけ目を逸らし、それきり焚き火の揺らぎを見つめていた。
それでも、その一瞬の視線のやりとりだけで、マルレーネはそっと笑みを浮かべていた。
その笑みが消えたあとも、マルレーネはしばらくその場を離れなかった。
冷たい風が頬を撫でていったが、彼女の胸の奥には、ほんの少しだけ火が灯っている気がした。
これは、ChatGPT plusが多くを書いた
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