4話 砦の日々と、心の灯
砦の裏手にある兵舎裏区画。
悪臭と血のにおいが染みついたその場所で、痩せ干せた一人の少女、マルレーネは、今日も静かに布を絞っていた。
ぬかるんだ地面、濡れた藁、染みついた汗と鉄のにおい。
ここは、戦場から戻らぬ者たちの一歩手前、奴隷兵が押し込まれた小さな仮住まいだ。
彼女は奴隷ではない。
砦の外、貧しい街で暮らすひとりの娘。ただ食いぶちを減らすために、この区画で働かされていた。
それでも、マルレーネは文句を言わなかった。食べられるだけでありがたい。誰かの役に立てるなら、なおさらだ。
雨上がりの朝。湿った空気の中、彼女はしゃがみ込み、寝床の泥を拭き取っていた。
藁を少しずつどかし、使えそうな乾いたものと交換する。ずっと中腰の姿勢でも、手を止めることはない。
「ここは、ご飯が食べられるだけ、ましですから」
そう呟いて、自分を鼓舞するように作業を続けた。
「もう少し、手を抜かないと、倒れるぞ」
背後からかけられた声に、マルレーネは顔を上げる。若い奴隷兵だった。
泥だらけの服に擦り切れた肩。だが、その目は彼女の様子を気遣っていた。
「大丈夫です。私は皆さんの世話を任されています。ここから追い出される方が、よっぽど辛いですから」
「……そうか。まあ、どこに行っても大変だからな。俺たちも、いつ死ぬか分からねえし」
彼女はその言葉に小さくうなずき、再び藁に向かって手を伸ばした。
──誰かの役に立てる。それだけで、自分の存在が少しだけ軽くなる気がした。
昼下がり。
通路の隅で、足を引きずる兵が荷の前で立ち尽くしていた。
マルレーネは迷うことなく枝を拾い、適当な長さに折って差し出した。
「これ……杖の代わりになるか分かりませんけど」
少し年を取った奴隷兵は驚いた顔をしながら、それを黙って受け取った。
「……ありがとよ」
短い言葉。それでも、彼女の胸には温かいものが残った。
夕方、食事の時間。
粥の器を前に、目を負傷した奴隷兵が、上手く口に運べていなかった。
マルレーネは静かに隣に座り、器を持ってスプーンを口元へと運んでいく。
「焦らなくていいですから。ゆっくりどうぞ」
男は数口、ゆっくりと飲み込むと、小さく笑った。
「マルレーネか。いつも手間をかけるな」
周囲の兵たちの間に、笑いと温かい空気が流れ始める。
「ほんと、あの娘は、こんなところでも笑顔が絶えないな」
「おれたちみたいな者を怖がることもないし、なんか心が癒されるな」
「マルレーネがついでくれると、このまずい飯も、うまく感じるよな」
マルレーネは照れくさそうに首をすくめて、静かにその場を離れた。
その夜。彼女は一枚の布を抱えて、そっと一人の寝床へ向かっていた。
そこにいるのは、ノルド──砦に最近送られてきたばかりの奴隷兵。
彼は何も語らない。笑わない。怒りも悲しみも見せず、まるで生気のない石のように、ただ座っていた。
マルレーネがどれだけ世話をしようとしても、「自分でやる」とだけ返し、それ以上を許さなかった。
それでも彼女はやめなかった。
足元を見て、痛めた脚に負担をかけぬよう、彼の足に合わせた添え木を作って届ける。
夜には薬草を煎じ、枕元に湯気の立つ小さな器を置いておく。
雨で湿った寝床の藁を、彼が不在のときを見計らって乾いたものに交換する。
包帯も、毎日少しずつ洗って干し、寝床の脇にきれいにたたんで置いていった。
ノルドは使っても、決して何も言わない。ただ、その包帯が翌朝には巻かれていることが、唯一の応えだった。
──それで十分。
マルレーネは期待していたわけではなかった。
彼が笑うとも、言葉を返すとも、思ってはいない。
けれど、それでも見捨てない。それが、自分にできることだから。
朝の光が差し込むなか、彼女は今日も布を抱えて兵舎裏区画へと足を運ぶ。
泥のにおい、血のにおい、その中に、ごくわずかに、清らかな香りが混じっていた。
創意工夫してChatGPTに書かせた
総合評価:93点 / 100点