17話 愛は勝つ
漆黒の闇を裂くように、重く響くドラの音が鳴り渡った。その瞬間、すでに勝敗の行方は定まっていた。
深夜という時間を選び、敵軍を全軍出撃へと誘導したのは、クラウスが仕掛けた綿密な策であった。
敵軍十万、対するは一万。常識的に考えれば、夜襲は理にかなっていた。弓や投石の標的になりにくく、守備側の対応も遅れがちになる。城門さえ破れば勝利は目前──それが彼らの認識だった。
だが、クラウスにはまだ二万の兵が残されていた。さらに志願兵が一万加わり、合計三万。二週間の鍛錬では不安も残るが、士気は何よりの武器だった。
三万の兵には新型装備が与えられ、街中には数多の罠が仕掛けられていた。そして何より、敵には油断があった。
クラウスの狙いは、単なる勝利ではなかった。彼はクスタリカの未来を見据え、流れる一滴の血すら無駄にしない布陣を整えていた。
若き将にして、名実ともに英雄。知力、胆力、実行力──そして誰よりも深い覚悟と、民を思う優しさ。それらすべてを備えた将であった。
そして、ついに決戦の火蓋が切られた。
グラディオス率いる本隊は東門に布陣していた。四方の門を同時に攻めれば勝利できると踏んだ彼は、重く扱いづらい井闌車を置いてきていた。
この城門ならば、四刻あれば十分崩せる──それが彼の読みだった。
二刻が過ぎ、西門が破られる。
そこはグラディオスから最も遠い地点。老将である彼には、即座の対応は難しかった。知略に長けた彼であっても、時間は巻き戻せない。
偽装していた守備兵たちが、逃げるふりをして大声で叫んだ。
「西門が突破された! もうだめだ!」
敵軍は歓声を上げ、我先にと城内へとなだれ込んだ。報奨金を目当てに、早く功績を立てようと焦る兵たちは、油断と欲望のまま突入していった。
戦場には秩序がなかった。敵兵たちは歓声と怒声を上げ、まるで競うように奥へ奥へと進んでいった。
すべての敵が城内に入ったのを見計らい、北門・南門からの援軍が到着する前に、鋼鉄の門が閉じられた。
城壁の上に用意されていた重石が落とされ、仕掛けが作動する。閉ざされた門は二重構造であり、外からの突破は極めて困難だった。
侵入した敵は約二万。その多くが異変に気づいたときには、すでに閉じ込められていた。
高い城壁が声を遮る。二刻のうちに殲滅は完了した。
遅れて到着した南北の援軍は、残された破城槌で門を破ろうと試みたが、器具は壊れ、持ち場へと引き返すしかなかった。
南門の崩壊が近づいていた。クラウスは城壁を駆け、手旗と炎棒で的確に指揮を送る。
崩れかけた南門が内側から開かれ、守備兵が逃げ出す。
「南門が突破された! もうだめだ!」
混乱に乗じて、再び敵がなだれ込む。だがその先も袋小路。行き止まりで待ち構えていたのは、訓練を終えた迎撃部隊だった。
一刻後、北門も同様に崩れる。再び敵が突入し、再び袋小路に迷い込む。
北門への討伐隊派遣は不要だった。閉じ込められた敵は、次第に自滅していった。
その間に南門は再び閉じられ、制圧が完了する。各部隊は北門に集結した。
その頃、グラディオスの主軍三万が到着したが、門はすでに閉ざされていた。
残された破城槌で再度の突破を試みるも失敗し、本陣へと引き返す。
総攻撃の合図から、すでに六刻が過ぎていた。
街の民は、倒れた敵兵の装備を回収し、老若男女を問わずそれを身につけ、城壁の上にたいまつを掲げて立ち並んだ。子どもたちは、用意された旗を高く振った。
その光景が、ちょうど守軍の兵によってグラディオスの本陣に報告される頃、
クラウスの計算通り、東の空は白み始めていた。
夜明けとともに、疲れを押して鎧をまとったクラウスが、二万の騎兵を率いて城外へと突撃する。
朝日を背に、城壁の上には十万を超える兵。そこへ、銀の嵐のごとく駆ける騎兵部隊が迫ってくる。
十二万に四万で挑むという無謀。しかし、敵の守備兵はすでに疲弊し、士気も崩壊していた。
司令官は敗北を悟って逃亡し、残された四万の兵は、クラウスの騎兵によって説得され取り込まれていった。
副官が総大将を連れ逃げ、グラディオスは自らの無力を悟って涙を流す。
それもまた、計算され尽くされた結末だった。
クラウスとマルレーネは、やり遂げた。
クスタリカの街を、そしてその民を守り抜いたのである。
かつては奴隷だったクラウス。
貧しき平民だったマルレーネ。
二人の絆と、深い愛が導いた勝利だった──ロクスも、生き抜いた。名将と呼ばれるだろう。
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