表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/19

14 偽装



 クスタリカの南方丘陵に、灰色の幕が張られたかのように、濃い霧が沈んでいた。陽はまだ昇らず、夜の帳だけが静かに広がっている。


 その霧の向こうで、グラディオス・ダルザーンは黙然と地図を見つめていた。幕舎の中、燃えさしの炭が赤く灯り、参謀の報告を受けるその表情は読めなかった。


 「街の様子は」


 「包囲は完了しました。敵は砦に引きこもり、出てくる気配はありません」


 「兵力は」


 「およそ四万と見られますが、ほとんどが奴隷兵か弱兵と考えられます」


 グラディオスは小さく息を吐いた。


 「変わった情報は?」


 「王都から新たな司令官が派遣されたとのことです。名はクラウス──かつて“小国の英雄”と呼ばれた人物だと」


 その名を聞いた瞬間、グラディオスは鼻で笑った。


 「他国出身の者を、すぐに将軍に据える? しかも、最前線に? いや……それほど、あの王は愚かではない」


 参謀たちが顔を見合わせる中、彼は地図の上を軽く指先でなぞる。


 「名前で揺さぶるしかない時点で、指揮官の質が知れる」


 参謀のひとりが口を挟む。


 「残り三つの砦を落とし損ねたのは痛手でした」


 「それでも、一つ落とせただけ上出来だ。十万の兵を前にすれば、まともな指揮官なら精鋭を即座に引かせる。残したということは……やはり敵将は愚者の様だ」


 「密偵の報告は途絶えています。門は閉ざされ、内部の動きは一切不明です」


 「ふむ……だが、それも当然か。密偵を断つ程度の警戒は、さすがに取るだろう」


 グラディオスは再び地図に目を落とした。


 「力攻めでも落とせるが、それなりの被害は覚悟せねばならん。急ぐ理由もない。少し様子を見るか」


 「兵には、夜襲に備えた警戒を徹底させておけ」


 ──その言葉通り、夜はすでに、動き始めていた。


 闇に紛れ、音もなく進む一万の騎兵。その先頭にいるのは、くたびれた鎧をまとい、痩せた馬に乗った兵たち。軍勢というより、烏合の衆にも見える光景だった。


 その一団の先頭に立つのは、ロクス・ハーリン。大声で、震える声ながらも確かに指示を飛ばしている彼は、かつてクラウスの奴隷部隊の指揮官だった。


そのロクスに命令を下しているのは、粗末な奴隷兵の装いのクラウス将軍だった。


 ロクスの指揮している部隊は、約二千が正規兵の装備をまとい、残る八千が粗末な奴隷兵の姿をしていた。


 馬はやせ細り、脚を引きずる者すらいた。


 だが、それはすべて偽装だった。


 武器は研ぎ澄まされ、鎧の内側は最新の鋼鉄で補強されている。


 馬には泥と灰が塗られ、老馬のように見せかけているが、その脚筋は鍛え抜かれていた。


 そして異様なのは、後方に控える騎馬二千の背後に、それぞれ一体ずつの死体が縛り付けられていたことだった。


 それぞれに、正規兵と奴隷兵の装備をつけていた。


 その死体は、最前線の砦から傷を負って帰還したものの息絶えた者、あるいは街で病や老衰で命を落とした者たちだった。


 クラウスが手を挙げると、ロクスがそれを合図に声を張り上げた。


 「突撃っ……!」


 その声は震えていたが、恐怖からではない。


 クラウス将軍の一言が、胸に焼きついていた。それがロクスを突き動かしていた。


 ──「街を守れたら、あなたは“名将”と呼ばれます」


 その言葉を頭に思い描きながら、ロクス・ハーリンは、敵陣へと騎兵を駆けさせた。


「グラディオス総司令官殿。予想通り、敵襲は南の方角にて確認されました」


「被害は軽微。敵には多大な損害を与えたとの報告です」


グラディオスが目を細める。「……詳しく話せ」


「敵はおよそ八千の騎兵による突撃でした。一部には精鋭と見られる部隊があり、突破を許してしまいましたが軽微のとの報告です。しかしその他の敵兵は脆弱で、四千ほどを討ち取ったとのことです」


「率いていたのは、ロクス・ハーリンという将軍でした。以前の密偵の話では、独裁的な指揮で兵を従わせていた人物とのことです」


「それは確かか?」


「はい。敵兵の死体も確認済みとの報です」


グラディオスは喉の奥で笑った。


「ロクス・ハーリン──滑稽なものだ。夜襲など、このわしに見抜けぬとでも思ったのか」


その顔には、満足げな色が浮かんでいた。


「はい。今回の戦い、我らの大勝利となるかと」


参謀の口元には、相手をさげすんだ笑みが浮かんでいた。

総合評価:93 / 100点 妥当

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ