13 演説
雲ひとつない空から光が静かに降り注ぎ、澄んだ青の中を一羽の鷹が弧を描きながら、風が街をそっと撫でていった。
クラウスがこの街、クスタリカの指揮権を正式に引き継いだ、その翌朝のことである。
その鎧は、朝の陽光を受けて、美しく光を放っていた。
両手に握られた剣は、鏡のように輝きを返し、鍛え抜かれた刃の鋭さと、そこに宿る意志の強さを物語っていた。
動かぬその姿には、言葉以上の覚悟がにじんでいた。まるで、それ自体が一つの意志であるかのように。
クラウスは、透き通る声でひと言だけ口にした。
「クスタリカの民たちよ!」
続けて、力強く宣言する。
「私がクラウス将軍である!」
そして、凛とした口調のまま言葉を重ねた。
「王の命を受け、この街の防衛を任された」
「だが、今の状況では、その任を全うすることはできない」
「敵は十万を超える大軍。対する我が兵力は三万に過ぎない」
「総司令官ガリウス・デヴァルドの精鋭二万はここにはいない」
「この街を守る兵の多くは、奴隷兵であり、装備も万全とは言えない」
「敵は兵数でも、武器でも、我々を圧倒している」
「それでも私はこの街を守ると決めた」
「この街を守る方法はひとつしかない──民の力を結集することだ」
「武器を取れとは言わない。戦うのは我々兵の責務だ」
「諸君たちの協力なくして勝利はない」
「私は一人たりとも死なせない。命をかけて、この街を守る」
「君たちは、この街と共に滅びる道を選ぶのか」
「女子どもが奴隷にされる事を、受け入れるのか」
「私は断じて、そんな事は許さない」
「私は、命を投げ出してでも敵を止める」
やさしい言葉で続けた。
「あなたたちも、命を懸ける覚悟でこの街を守ってください」
「そうすれば、必ずこの街は救えます」
張りつめた沈黙の中、最初の声がどこからともなく上がった。
「俺たちの町だ!」
すぐに、別の男が叫ぶ。
「俺たちが守る!」
その声は連鎖し、次々に広がっていく。
「英雄クラウス将軍なら守ってくれる!」「そうだ!」「間違いない!」
やがて、広場は一つの声に包まれた。
「英雄クラウス将軍万歳!」
その瞬間、クラウスは「英雄」として人々の記憶に刻まれた。
壇上の周囲では、彼を支える司令官たちが、鎧をまとい沈黙のまま敬意を表していた。
マルレーネもまた鎧姿で、クラウスの横顔を見つめていた。
力強く、優しく、誠実なその声の響き──そして何より、どうしようもなく超イケメンなその姿に、目も心も奪われていた。
昨日から続く胸の鼓動は、いまだ静まる気配を見せなかった。
ただ一人、ロクス司令官だけは鼻息を荒くしていた。
──クラウスから「あなたも名将になれる」と言われた、その一言を胸に。
それから、街を挙げての防衛準備が始まった。
敵を迎え撃つため、住民たちは罠を仕掛け、迎撃の布陣を整えていく。
煉瓦造りの家は一部を解体され、外壁や投石器の弾として再利用された。
まきびしやロープ、袋小路の構築、仕掛け壁の設置など、ありとあらゆる策が講じられた。
ただし、火だけは使わなかった。
延焼による被害を避けるため──そして、それはクラウスの戦略的判断でもあった。
同時に、装備の質も見直された。
鍛冶屋が増員され、町中から鉄が集められ、新型の武具が絶えず生み出された。
女も子どもも手を止めることなく、炊き出しや物資の運搬、後片付けに奔走した。
「俺たちの町を守る」という強い意志が、街全体を覆っていた。
その意志は、やがて覚悟へと変わっていく。
クラウスが、戦場から血にまみれた姿で何度も戻ってくるたびに──死をも恐れぬ姿を目の当たりにするたびに、民はその覚悟を自らの胸に引き受けた。
若い男たちは、我先にと兵への志願を申し出た。
英雄への憧れを胸に。
そして、この夜が訪れた。
敵軍の総攻撃を告げる、重く響くドラの音が、街全体を震わせた。
月のない漆黒の空の下、クスタリカの四方の門には、小さな灯が並んでいた。
静かに揺れるその炎は、闇を照らす光であると同時に、人々の胸にともされた──決意と希望そのものだった。
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