第34話 鎖は断たれずただ戦のみが終わる
玉座では、ヴィクターがシャルを優しく抱きしめて座っていた。
腕の中の彼女に時折そっと頬を寄せ、その白い肌を撫でながら、深い愛しさをにじませる。
やがて、彼の視線の中で、シャルの瞼がかすかに揺れ――ゆっくりと開かれた。
光のないその瞳が、まっすぐにヴィクターを見つめる。
「…シャルロッテ…」
彼が名を呼ぶと、シャルはゆるやかに手を上げ、彼の頬に触れる。
そして、そのまま顔を近づけ――軽く唇を重ねた。
突然の口づけに、ヴィクターは目を見開く。
けれど、次の瞬間には、今までにないほどの安堵と幸福感に包まれていた。
痛みも、虚しさも、その瞬間だけは、遠く霞んでいた。
「シャルロッテ…お前は、俺を愛してくれるか?
俺だけを見て、俺だけを――満たしてくれるのか?」
問いかける彼に、シャルは微笑みを浮かべる。
「貴方を愛し、貴方だけを見て、貴方を満たしてあげる…愛してるわ」
その言葉に、ヴィクターの背筋がぞくりと震える。
求めてやまなかった愛が、ついに手に入った。
そう確信した彼は、力の抜けたようにシャルの肩に額を預ける。
「…一緒に…どこか遠くへ行こう。もう…疲れたんだ…お前だけが…俺を…」
震えるような声を残して、ヴィクターは彼女を抱きしめる。
シャルは優しくその背に手を回し、そっと囁いた。
「悲しまないで…私はここにいるわ」
その瞬間だけ、玉座にいたのは王と臣下ではなかった。
ただ互いを求め合う、哀しき男と、彼に微笑む少女だった。
――そしてその頃、戦場では。
ノアは、容赦ない砲撃をかわしながらも、
一歩ずつ確実に兵器の中心部――ドゥーガルのもとへと距離を詰めていく。
火薬の匂いと砕けた金属の破片が宙を舞い、
地が震えるたびに兵たちの叫びが戦場を染めていた。
「陛下もしぶといやつじゃな!これでどうじゃ!」
ドゥーガルは高笑いと共に兵器の脇から新たな魔導武器を取り出し、
ノアに向けて強烈な閃光を放つ。
だが、ノアはその一撃すらも恐れず、
大剣を振るって魔力の奔流を薙ぎ払いながら前進した。
ついに、ドゥーガルの目の前まで迫る。
「貴様のやったことは――赦されるものではない!
その罪、死をもって償ってもらうぞ!」
怒声とともにノアの大剣が振り下ろされる。
刃が振り抜かれる寸前、ドゥーガルは喉を詰まらせるように叫んだ。
「へっ、陛下! 待ってくだされ!
ワシを殺せば…あの女は一生陛下の元には戻りませんぞ!」
その言葉にノアの剣が寸前で止まる。
「貴様…またシャルを利用したのか!」
ノアの声は怒気に満ちていた。
その気迫に気圧されたドゥーガルは、顔を引きつらせながら必死に手を振り、命乞いを始める。
「ち、違いますじゃ!今回はワシの仕業ではないんですじゃ!
光の精霊が…ヴィクターに入れ知恵したんですじゃ!」
額には脂汗が滲み、声音には露骨な怯えが混じっている。
己の命だけは何としても守ろうと、縋るような目でノアを見つめていた。
「光の精霊…? あの呪いを撒いた存在か…?」
「今、あの娘は――ヴィクターに心を奪われておりますのじゃ!」
「なにっ…!」
ノアの瞳が見開かれる。
「古代遺物のひとつ、『束縛の球』をあの娘に使うように進言したのですじゃ!」
必死に命乞いをしながら、慌てて言葉を並べ立てるドゥーガル。
その口元はひきつっているというのに、どこかうっすらと笑みが浮かんでいた。
「自分の血を含ませた束縛の玉は従わせたい相手に飲ませると、
球は体内で溶け、その者の意識を書き換えるのですじゃ!」
しゃがれた声に熱がこもる。自分の仕組んだ手口を誇示するような口ぶりだった。
「書き換えられた者は、感情さえもすべて、その相手のものとなるのじゃ!
そして、目を覚ませば他の者など目に入らなくなり…その者の意のままに動くようになるのじゃ!」
その顔には、まるで秘め事を暴露することに快感を覚えているかのような、歪んだ笑みが浮かんでいた。
信じがたい内容にノアは言葉を失う。
彼女をあの鎖から解き放ったはずなのに――再び、あの男に縛られただと…?
「光の精霊は、あの娘が一人でヴィクターのもとへ向かうことを何故か最初から知っていたようじゃ…。
ふふ、もう…手遅れじゃろうなぁ…ふぁっふぁっふぁ…!」
その笑い声がノアの胸をえぐる。
「貴様…どこまで――!」
ノアは大剣を構え直す。ドゥーガルは、なおも命乞いを試みた。
「い、いいのですか、陛下! ワシを殺したら、あの女の呪いは――!」
「黙れ。貴様の言葉は、一片たりとも信用にならぬ」
ノアの声は低く、冷えきっていた。鋭い眼差しがドゥーガルの動揺を射抜く。
「解除方法など、貴様は知らぬと見た。態度も、仕草も、すべてがそれを物語っている」
「そっ、そんなことは…!」
「前にも言ったはずだ。次に俺の前に姿を現せば、その首を刎ねると――」
ノアは一切の迷いなく、大剣を振り下ろした。
悲鳴が上がるよりも早く、ドゥーガルの首は宙を舞い、地に転がった。
そしてノアは、すぐに兵器の中心核に剣を突き立て、自身の魔力を爆ぜさせる。
砕けた魔力と剣の奔流が、兵器のコアごと、構造そのものを粉砕していく。
巨大な砲身が崩れ落ち、光が爆ぜ、瓦礫が地に落ちる音が辺りを支配した。
――こうして、戦いは終わった。
だが、ノアの心は晴れなかった。
(シャル…お前を、もう一度、必ず取り戻す)
彼の視線は、崩れた兵器の向こう――城のある方角を、まっすぐに見据えていた。




