第22話 託された想い
ドゥーガルは、コアの奥底から立ち上る眩い光を見つめ、狂気を帯びた笑みを浮かべた。
「……ほぅ、これほどとはな。想定の三倍以上の速度で魔力が満ちておる。
普通の人間なら、とっくに干からびておるはずじゃが――」
ちらりと視線をシャルに向ける。
その身体は血の気を失って青ざめ、唇はかすかに震えている。
だが、それでもまだ意識はあり、ぎりぎりの命を繋いでいた。
「これほどの魔力を吸われてもなお、動けるとはのう。
まさに“精霊の器”とでも呼ぶべきか……しぶといやつじゃ」
コアは脈打つように明滅し、そのたびに周囲の空気が不穏に揺らめく。
それは、命の力を糧に狂気の兵器が目覚めようとしている証だった。
夜明けが近づく頃、彼は機材をまとめながら、独り言のように呟いた。
「よし、これを持って最終防衛ラインに向かうとしよう。……その前に」
懐からゆっくりと取り出されたのは、一振りの短剣だった。
刃身は黒く鈍く光り、ただの鉄ではありえない、不穏な気配を漂わせている。
それを見下ろしながら、ドゥーガルは満足げに嗤った。
「こいつはな、特別製での。精霊の加護を打ち消す“封呪鋼”ってやつで鍛えてある」
刃に刻まれた古代文字が、シャルの視界の端でじわりと赤黒く光る。
ただの武器ではない――この刃は、“彼女”の最後の防壁すら貫くためのものだった。
「貴族派のご令嬢方が、お前さんのことをずいぶん妬んでおったからのう。
今さら助かる見込みもないが……せっかくだし、“確実に”息の根を止めてやろうか」
そう言い放った瞬間、ドゥーガルの手が鋭く閃いた。
「……く、あっ……!」
シャルの腹部にナイフが深々と突き立てられた。
その刹那、彼女の内に宿っていた精霊の加護が、ぶつりと断ち切られたような感覚が走る。
まるで命の根幹に直接冷たい針を打ち込まれたような痛みと共に、
身体の奥から精霊の気配が遠のいていく。
「ほぅ、さすがにこれには声が出たか。
最前線で戦ってきた者でも、精霊の加護を封じられりゃ、さすがになす術なしじゃのう」
ドゥーガルは満足そうにコアを抱え、淡々と呪文を唱え始めた――
その瞬間、彼と古代兵器のコアは淡い光に包まれ、姿を消す。
「ま……待ち……な……さ……い……」
シャルはかすれた声で呟いたが、その言葉が届く頃には、彼の姿はどこにもなかった。
腹部の傷からは、とめどなく血が溢れ出し、床に広がっていく。
ただでさえ生命力を奪われ続けていた身体に加え、今の一撃は致命的だった。
それでもシャルは、最後に残された力を振り絞った。
震える指先に、かすかな魔力を込めていく。
彼女の手は、足元に描かれた精霊封印の魔法陣へと伸びる。
――封印術式の一角に、魔力をねじ込む。
ごく小さなひと筆。それだけで構成は崩れ、陣の一部が淡く滲んで砕けた。
空気がわずかに震え、結界の力が揺らいだ刹那、微かに――イグニスの気配が返ってきた。
『せめて……イグニス……あの子を……』
にじむ視界の中、彼女の祈りに応えるように、かすかに赤く光が揺れた。
次の瞬間、小さく弱々しい姿の炎の精霊――イグニスが、ふらりと現れる。
「イグニス……私の力、全部使っていいから……
あの兵器を、使わせないように……ノアに、伝えて……」
精霊の小さな身体に手を伸ばすと、シャルはそっと微笑んだ。
自分の命ではなく、守るべき未来を――
その願いを精霊に託し、シャルの意識は、静かに闇へと落ちていった。




