第14話 闇を制する声
宴の翌朝――
帝都の静けさを破るように、前線からの緊急報がもたらされた。
敵軍の劣勢が続いていたはずの前線。
だが、第二防衛ラインで突如として発生した異常事態により戦況は一転し、帝国にも緊張が走る。
報を受けた皇帝は即座に軍議を開き、自ら陣頭に立つことを選んだ。
本来であれば後方で采配を振るうべき立場にある彼が、
現地の混乱を敏感に察知し、最前線への出陣を決断したのだった。
「……すぐに出る。無駄な犠牲は、減らせる」
多くを語らず、彼は静かに戦装束へと身を包み、馬に乗って帝都を発った。
その眼差しには、決して揺るがぬ意志が宿っていた。
軍は緊急招集のもとで迅速に再編成され、彼の到着とともに防衛線は新たな息吹を得る。
到着するや否や、彼は軍の中央へと進み出て指揮を執りはじめる。
戦場に立つその姿は、兵たちの胸に再び闘志と誇りを呼び起こした。
帝国軍が一時混乱に陥った原因は、敵軍が持ち込んだ古代の魔導兵器にあった。
遺跡より発掘されたその兵器は、蒼白の魔力を放つ砲撃によって防衛陣を一瞬で焼き払い、
爆発的な衝撃と共に連絡を断ち、部隊の連携を粉砕した。
各部隊は孤立し、戦列は崩壊寸前。
兵士たちの士気は急速に失われ、戦場は絶望に覆われていた。
しかし――
彼が戦場に現れた瞬間、すべては変わりはじめる。
敵の兵器の再装填時間と死角を瞬時に見抜き、地形と連携を活かして的確に配置を指示する。
彼の言葉は、闇の精霊の力を介して戦場を駆け巡り、
各部隊の耳元にまるで直接語りかけるかのように届いていった。
「狙撃班、北壁の陰に展開。奇襲部隊、左翼を回り込め――」
声なき命令に応えるように、狙撃と奇襲部隊が呼応し、闇の精霊がその動きを補助する。
黒き影は視界を遮断し、敵の動線を狂わせ、砲撃の照準を封じ込めていく。
まるで彼の意志がそのまま戦場に広がっているかのように、各部隊は滑らかに動き出した。
「右翼、三歩後退。中央――第五部隊、展開準備。……今だ、揺らいだ。押し返せ」
響く号令は鋭く、だが確信に満ちていた。
乱れていた陣形は瞬く間に整い、部隊は本来の統率を取り戻していく。
黒の鎧を纏い、大剣を振るうその姿はまさに影そのもの。
彼の一撃ごとに敵軍は後退し、士気を喪失してゆく。
まるでひとつの意志を持つ生き物のように、帝国軍は一体となって押し返していった。
敵の中核を担っていた部隊は壊滅し、第二防衛線はわずか半日で奪還された。
兵たちは、彼と共に戦ったことへの誇りを胸に刻み、
帝国の威信は、かつてないほどの強さで戦場に刻まれた。
だが――
戦の熱がまだ残る中、彼の胸を満たしていたのは別の想いだった。
「……早く、会いたい」
その焦燥とともに、心に浮かぶのはただひとりの少女の姿。
決して戦場では見せなかったその感情が、いまや全身を突き動かしていた。
風を裂いて走る馬上――彼の視線の先にあるのは、ただ、彼女の笑顔だった。




