表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎の戰乙女  作者: 合歓稲
12/41

第11話 目覚めを待つ傍らで

ノアは執務室で静かに書類へと目を落としながら、時折ふと窓の外へ視線を漂わせていた。

今この瞬間も、帝国の隅々まで気を配るべき立場であることを自覚しつつも、

どうしても思考は――シャルへと引き寄せられてしまう。


――あの日、すべてが始まった。


自ら剣を手に、最前線へと立った水の王国との戦い。

その戦場で幾度も交わした剣。燃えるような紅い髪と、月の光を映した金色の瞳――

シャルとの出会いの記憶が、静かに胸の奥から浮かび上がる。

彼女との出会いは、ただの戦ではなく、自分自身の運命すら大きく変えるものだった。


この大陸最強と謳われる「黒衣の騎士」が戦場に姿を現したのは、今からおよそ半年前のことだった。


その正体を他国が探り続ける中、唯一、北の帝国の兵だけが知っていた――

黒衣の騎士とは、まさしく自国の皇帝、ノア・ラザラス・ニグルムネブラその人であると。


ノアは、破壊を司る闇の精霊の加護を受け、無用な戦乱に終止符を打つべく、

周到な準備と計画のもと、水の王国の侵攻を迎え撃っていた。


もともとは後方から軍全体を采配していたが、

炎の加護を持つ王女――彼女の存在が気になって仕方なかった。

やがて自ら最前線に立ち、彼女と剣を交えることになる。


初めて剣を交えた瞬間、ノアはただの敵将としてではなく、一人の少女として彼女を強く意識した。

そして精霊使いとしての研ぎ澄まされた直感で、

炎の精霊を通じて彼女が抱えている過酷な環境と心の痛み、その悲痛な叫びに気づいた。


彼女がただ命令に従う道具ではなく、

本来はとても優しい心を持った少女であることも、剣の気配から伝わってきた。


だからこそ、ノアは彼女に対して、初めて特別な感情――

「もっと知りたい、助けたい」という強い想いを抱くことになった。


彼女は幼い頃から戦場に立ち続け、精霊の加護のおかげでどんな重傷を負ってもすぐに癒えてしまう。

17歳となった今、その凛とした美しさには誰もが目を奪われたが、

長年剣に生きてきたがゆえに、表情はどこか硬く、感情を表に出すことはなかった。

それでも、ふとした瞬間に見せる微笑みは、兵たちの心の支えでもあった。


――そして、あの砦の戦い。


ノアは自らの大剣で、彼女の左肩を貫き、致命傷を与えた。

加護があると分かっていたからこその決断だったが、それでも胸は痛んだ。

彼女の戦意を断つには、これしかなかった――

そう自分に言い聞かせ、建前上は捕虜として帝国へ連れ帰った。


すぐに医師を呼び、手厚い治療を施した。

だが、思いのほか彼女の傷は癒えず、逆に命を蝕むように容態が悪化していった。


「なぜ治らない…?」

何度も自分に問いかけ、焦燥と苛立ちの中で日々が過ぎた。


やがて、彼女の首に掛けられた一見ただの装飾品のような宝具――

そこから微かな異様な気配を感じ取ったノアは、それが彼女の命を削る呪いであることに気づく。


だが、呪術で縛られたその宝具は容易に外せるものではなかった。

ノアは闇の精霊の力を最大限に使い、その宝具を打ち砕いた。


すると、今まで苦しげにうなされていた彼女の表情が、嘘のように穏やかになった。

だが、解放された直後も、長い疲弊のせいで彼女の命は揺らいでいた。


絶望しかけたその時――


砕けた宝具から、かすかな精霊の気配が立ち昇る。

水の精霊の加護を持つ者――その声は、精霊を通してノアだけに静かに届いた。


「……お願いです、急いでください。このままでは彼女が……

どうか、あなたの生命力を、精霊の加護を通して、彼女に分けてあげてください――」


ノアは一瞬の迷いもなく、教えられた通り自らの命を注いだ。

すると、みるみるうちに彼女の顔色が戻り始め、

その安堵に呼応するように、傍らに炎の精霊がそっと姿を現した。


「主の命脈は、これによって繋がれた。しかし、その魂にはいまだ癒えぬ傷が残っている。

――その傷を癒し、真に救うことができるのは、そなたただ一人だ。」


その言葉を残し、炎の精霊は静かにその姿を消し、宝具もまた静寂に包まれた。


ノアはただ彼女の無事を祈りながら、

彼女が目を覚ますその時まで、誰よりも強く願い、静かに傍らに寄り添い続けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ