プロローグ
炎の王国――そう呼ばれる地に、第五継承権を持つ第二王女が生まれた。
彼女は、生まれながらにして“炎の精霊”の祝福を受けた特異な存在だった。
その加護は「戦に勝利をもたらす」と信じられており、
王国では勝利の象徴として神聖視される一方、
“戦を呼ぶ存在”とも恐れられ、忌子として陰で忌避されていた。
王女の誕生の際には、隣国・水の王国の使者が偶然立ち会っていた。
急速に軍事国家へと変貌を遂げていた水の国にとって、
彼女の存在は喉から手が出るほど欲しい“力”だった。
物心がつく頃には、王族ではなく騎士として育てられ、
家族に愛されることはなかったが、彼女の純粋で優しい心は失われることなく、
騎士団の者たちからは「姫騎士様」と親しまれていた。
その姿は年齢を重ねるごとに目を見張るほど美しくなり、
十二の頃には、まるで人形のような容姿で人目を引く存在となっていた。
ちょうどその頃、水の王国では第一王子の陰謀により国王が急逝。
非情かつ冷酷な王子が王位を継ぎ、野心に火をつけたように戦を求め始める。
やがて水の王国は周辺国への侵略を本格化。
そして炎の王国へは、加護の王女を后として差し出せば
戦を避けるという条件付きの親書が届く。
王族は迷いの末に、十二歳の王女を水の国へ送ることを決めた。
だが待ち受けていたのは、后妃の扱いなどではなかった。
「まだ成人していない」という名目のもと、
王女は軍属として最前線に立たされることとなった。
困惑と戸惑いの中で始まった日々だったが、
炎の精霊の加護は確かなもので、彼女のもとでは連戦連勝を重ねていく。
やがて、近隣諸国も連合を組み対抗を始めるが、
王女は常に前線に立ち、五年間、生き延びた。
戦火は大陸全土を包み、ついに北方のみに抵抗勢力を残すのみとなる。
そこに立ちはだかるのが、戦闘種族たちによって築かれた“北の帝国”だった。
この地から現れたのが、大陸最強と噂される「黒衣の騎士」。
彼の参戦により、水の王国軍の進撃はにわかに停滞していく。
王女は何度も黒衣の騎士と刃を交えるが、決着はつかず、
戦局は膠着状態へと移り変わっていった。
だが、戦に疲弊した水の国はついに大規模な後退を余儀なくされ、
半年の間に占領地の大半を手放す結果となる。
最終防衛拠点へと撤退した軍には、
王女もまた残され、砦の守備にあたっていた。
そこへ北帝国が古代兵器を投入。
王女は全力で抗戦するが、撤退命令が下る。
退路が塞がれる中、王女は兵を逃すため、
たったひとりで古代兵器へと突入し、命を賭してコアを破壊した。
仲間たちは無事撤退を果たすが、王女は力尽き、動けなくなっていた。
そして、その前に黒衣の騎士が現れる――。
激戦の末、騎士の一撃が彼女の肩を貫く。
崩れ落ちた彼女は、薄れゆく意識の中でその生涯を静かに振り返っていた。
「……なんて、虚しい人生だったのだろう――」
頬を伝う涙は、誰にも気づかれることなく、
血に濡れた大地に静かに落ちていった。