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第53話 結衣の回想

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 第53話 結衣の回想


 結衣は夜の静かな風を感じながら、一人、あの日のことを思い返していた。あの日、大輔君が二人組から自分を守ってくれたときの記憶は、今も心の中に鮮やかに残っている。恐怖に震えていた自分を背に、まるで盾のように立ちはだかった大輔君。その瞬間、彼の姿がこんなにも頼もしく見えるとは思わなかった。気づけば、彼の頬に思わずキスをしてしまったのだ。自分の行動に驚き、心臓が激しく高鳴ったのを今でも鮮明に思い出す。


(あの時、私はもう分かっていたのかもしれない)


 結衣は胸に手を当て、静かに息を吐く。その温かい気持ちが何なのか、当時ははっきりとは理解していなかった。でも今ならはっきりと分かる。それは恋だ。大輔君への想いが、自分の中でこんなにも大きく膨らんでいたとは、あの日までは気づかなかった。


(最初は普通のクラスメイトだと思っていたのに…)


 彼と過ごす時間が、いつの間にか特別なものになっていた。彼が教室に入ってくると、自然と視線が向かい、彼と話せる瞬間を心待ちにしている自分に気づくたび、胸が苦しくなる。彼が微笑むと、心が温かくなると同時に、もっと隣にいたいと願う気持ちが溢れ出す。


(どうしてこんなにも彼のことを考えてしまうんだろう?)


 結衣の心には、そんな疑問が絶えず巡っていた。大輔君の何気ない仕草や言葉が頭にこびりつき、離れない。彼の言葉に耳を傾けると、自分の心が少しずつ解けていくような気がしていた。まるで彼が自分の中の凍った部分を溶かしてくれるようだった。彼と一緒にいると、自分がどんな自分であってもいいと思える 。そんな感覚が心地よかった。


(もっと知りたい、もっと話したい、もっと触れたい)


 この想いは抑えきれず、日々強まっていった。彼の横で一緒に笑い、彼の話を聞き、手を繋いで歩きたい 。そんな想いが胸を締め付ける。大輔君が自分に手を差し伸べてくれる瞬間を夢見るたび、その期待が自分の心を甘く、そして切なく焦がす。


(あの日、助けてくれた彼の勇気ある姿は、私の中で何かを変えたんだ)


 結衣は再び思い返す。大輔君は、ただ勇敢であるだけでなく、その心の奥に人を思いやる温かさを持っている。他の誰にもない視点で、彼は彼女を見てくれていた。唐突な出来事だったけれど、その瞬間、彼への気持ちは確かに芽生えた。


(私は、彼の隣にもっと近づきたい)


 結衣は胸に手を置き、そっとささやいた。抱きしめてほしい、私に触れてほしい 。そんな気持ちが、自分を包んで離さない。彼と共に過ごす時間は、何よりも大切なものだと感じていた。彼の声、彼の笑顔、すべてが自分にとって特別で、心に語りかけてくる。


 夜空に輝く星を見上げながら、結衣は自分の胸に宿るこの想いを改めて感じた。


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