第52話 学校での報告
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第52話 学校での報告
昨日の出来事を引きずったまま、大輔は少しガーゼをつけた顔で学校へ登校した。朝早く、担任の笠井先生に昨日の経緯を説明するため、普段よりも早く登校し、職員室に向かうことにした。笠井先生は、怪我のことを心配しつつも、冷静に話を聞いてくれた。
「先生、昨日の件なんですが…。結衣さんが困っているのを見て助けに入ったんです。でも少し、相手に殴られてしまって…。病院も行って、特に大きな問題はなかったので、大丈夫です。」
「分かったよ、城山君。学校としてもこの件について注意喚起をするけれど、君のプライバシーを守るため、ホームルームでは名前は出さないようにするから。君のお願いを尊重するよ。」
大輔は安心してお礼を言い、その後は教室での数学の準備を始めた。
どうも結衣さんの様子がおかしい。結衣さんと顔を合わせると赤くなるし、僕との距離が近い。なぜ、僕の顔を見ると顔が赤くなるのか。なんか合ったかな?
お昼休みは、葵と梨香さんが来て昨日のことを話しながらご飯を食べようということになった。
「ちょっと結衣。梨香が大輔君にお昼一緒に食べようみたいな話してるよ」
「う、うん。みゆきありがとう。私たちも一緒に行こっか。」
「だね。」
「大輔君。私とみゆきもお昼一緒しても良いかな?」
「ん?別に良いよ。なんか葵と梨香さんが昨日のことを聞きたいみたい」
「あっ。そうなんだ。じゃあ、葵ちゃんと梨香も私たちも一緒させてもらうね」
「「どうぞ〜」」
「じゃあ、5人で食べられる場所を探さないといけないや。どこが良いかな?」
彼らは校舎の隅にある小さなベンチエリアに落ち着き、そこで昼食を広げた。大輔は、昨日の出来事についてみんなに話をすることになり、できるだけ軽く言おうと試みた。
「実は、昨日ちょっと情けないことがあってさ…。結衣さんが絡まれてるのを見て、何とかしようとしたんだけど、結局返り討ちに遭っちゃったんだ。」
「それは違うよ、大輔君!私を守ってくれたんだから、情けなくなんかないよ。」
「そうだよ、先輩が助けてくれなかったら、結衣姉がどうなってたか分からないんだから。」
しばらく和やかに話が続いた後、ふとみゆきが真剣な顔で大輔に尋ねた。
「大輔君、怖くなかったの?」
「正直、怖くないって言ったら嘘になる。でも、怖がってばかりじゃ、何もできないから…。結衣さんを助けたいって思ったから、ただ前に出るしかなかったんだ。それに、口先だけの男にはなりたくなかった。」
皆が静かに聞き入る中、大輔は少し視線を落とし、言葉を続けた。
「昔、母さんが僕に教えてくれたんだ。『漢字の“恋”と“愛”の違い、わかる?』ってね。僕が首をかしげていると、母さんは優しい笑顔で続けた。『“恋”は心が下に隠れているの。でも“愛”は心が真ん中にあるのよ。愛というのは、心を真ん中に据えて、周りを包み込むもの。だから、本当に誰かを大事に思うときは、自分の心を見失わず、相手を支えることができる人になってね。』
その時は、正直なところまだ幼かった僕には、その言葉の意味が完全には理解できなかった。でも、いま僕がこうして立っているのは、その教えが心の中でずっと生き続けていたからなんだと思う。
『怖さはあるさ。でも、心を大事にして、守りたいと思った人のために動くほうが大事なんだ。』
その言葉に、場がしんと静まり返った。風の音さえも聞こえるほどの静寂の中、意外にも沈黙を破ったのは葵だった。彼女の瞳は、知らず知らずのうちに涙で潤んでいた。
「兄と母さんで、そんな話をしてたんだ…」葵の声は、かすかに震えていたが、確かに響いた。「私は知らなかった。何も気づけなかった…」
彼女は涙を拭こうとしたが、拭っても拭っても溢れてくる。まるで心の中に隠していた思いが溢れ出すように。やがて、静かに呟く。
「私…ちゃんとやれているのかな。母さんが生きていたら、私のことを褒めてくれたのかな…?」
その言葉に、大輔は一瞬驚いた。普段は明るく、強く振る舞っている妹が、こんなにも弱さを見せるなんて。彼はそっと手を伸ばし、優しく葵の頭を撫でた。彼の指先から伝わる温もりが、葵の心にじんわりと広がる。
「葵、大丈夫だよ。君は十分に頑張っている。母さんも、きっと君を見て喜んでいるさ。僕が保証する。」
その言葉に、葵はこぼれる涙をもう一度拭き、かすかに微笑んだ。優しい風が二人の間を通り抜け、中庭に差し込む夕陽が柔らかく彼らを包み込んだ。
その日の昼食は、少し特別なものになった。彼らはこれまで以上にお互いを理解し合い、絆を深めていくように感じた。
放課後、自宅に帰った大輔は、昼食の時の葵の涙が気になり、妹に声をかけた。リビングで宿題をしている葵に、そっと話しかける。
「葵、お昼の続きだけど…」
大輔は少し照れたように微笑みながら、葵の肩に優しく手を置いた。
「お前は本当によくやっているよ。母さんが見ていたら、きっと誇らしいって思ってくれるはずだ。僕がそう思うんだから、間違いない。」
葵はその言葉に目を丸くし、やがてじんわりと涙が浮かんだ。
「本当に…?兄がそう言ってくれるなら、なんだか自信が湧いてくるよ。」
大輔は頷き、「うん、本当さ。母さんも、きっと今の葵を誇らしく思ってる。だから、自分を信じていいんだよ。」と優しい声で語りかけた。
葵は涙を拭い、穏やかな微笑みを浮かべた。
「ありがとう、お兄。私、これからも頑張るね。」
その夜、母の思い出が二人を包み込むように感じられ、その瞬間、彼らはこれからも一緒に歩んでいけると確信した。
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