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第48話 すれちがい その6

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 第48話 すれちがい その6


 大輔との会話があった神社での出来事が、結衣の心に鮮明に蘇っていた。彼とのやり取りの中で、もっと自分の気持ちを素直に伝えられていれば、もっと彼を信じていればと、後悔の念が押し寄せる。あの時、自分は彼に心を閉ざしてしまったのだ。


「私…本当は、大輔君が違うクラスの女の子に興味を持ってるなんて、信じたくなかったの…」


 結衣は涙を浮かべながら、ようやく自分の本音に向き合った。


「なんで私じゃないのって、嫉妬してた。でも、それは間違いだった…」


 結衣の言葉に、大輔は一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに彼女の苦しみを理解しようと努めた。


「浅見さん…もう泣かないで。もし僕が君を傷つけたなら、本当にごめん…」


 その言葉を聞いた瞬間、結衣は小さく震えた。大輔が自分を「結衣」と呼ばず、苗字で呼ぶようになっていたことに気づいたのだ。以前は名前で呼んでくれていたのに、彼との距離が遠く感じられた。それが彼女の心に深い孤独感を与えた。


(どうして…? 私のことを名前で呼んでくれなくなったの?)


 結衣は涙を拭き取り、震える手で大輔の手を強く握り返した。


「違う、大輔君。あなたは何も悪くないの…お願い、また前みたいに友達として話してくれる?また、私を名前で呼んでくれる?」


 結衣の切実な願いに、大輔は一瞬目を見開いた。その問いかけにすぐに答えることができず、言葉を探すように彼の目が宙を泳いだ。二人の間に訪れた沈黙は、時計の針が刻む時間を異様に長く感じさせた。


 やがて、大輔はゆっくりと深呼吸をし、意を決したように顔を上げた。そして、涙をこらえたまま、少し震えた声で答えた。


「…お願いします、結衣さん。また、前のように話せるように努力するから。僕も、これからはもっと気をつける…」


 その言葉を聞いた瞬間、結衣は一瞬安堵の表情を浮かべたが、すぐに彼の言葉に含まれた距離感を感じ取り、自分の愚かさに対する後悔がさらに深まった。彼の言葉は温かかったが、同時にそこにはまだどこか遠慮が感じられたのだ。


 結衣は、もう自分の感情を抑えることができなくなり、思わず大輔を抱きしめた。


「違う…私が悪いんだ。大輔君は、ずっと私に正直でいてくれたのに…ごめん、本当にごめん…!」


 彼女の体が大輔に寄り添い、震える声で謝罪する。その姿を見た大輔は、驚きながらも、彼女の背中に手を置けずにただ立ち尽くしていた。結衣の涙が、彼のシャツに染み込んでいくのを感じながら、彼は言葉を見つけられないまま、ただその場に立ち続けていた。


 その瞬間、リビングの片隅で見守っていた葵の目からも、自然と涙が溢れ出していた。兄が一人ぼっちにならず、また誰かと心を通わせていることに、彼女は強い安堵を感じていたのだ。


「…良かった。おにい、また笑顔を見せられるようになったね」


 葵はそう呟きながら、涙を拭い、微笑んだ。彼女は、この瞬間が兄にとっての新たな始まりになることを心から願っていた。


 結衣は、大輔の胸に顔を埋めたまま、涙を流し続けたが、その涙は次第に、和解と新たな決意の感情に変わっていった。大輔もまた、結衣の温もりを感じながら、これまで抱えていた孤独や不安が少しずつ和らいでいくのを感じていた。


 夕陽がリビングの窓から差し込み、二人の姿を優しく照らしていた。その光は、彼らの心に新たな希望を灯しているように思えた。


 やがて、結衣はゆっくりと大輔の胸から顔を上げ、彼の目を見つめた。大輔もまた、彼女の涙で濡れた瞳に優しく微笑みを返した。沈黙の中で、二人の間にあった誤解と距離が少しずつ溶けていくように感じられた。


「ありがとう、大輔君…」


 結衣のその言葉に、大輔は小さく頷き、もう一度彼女の名前を優しく呼んだ。




「…結衣」




 その一言が、二人の心を再び繋げる鍵となった。葵もまた、そのやり取りを見守りながら、心の中で何度も「ありがとう」と呟いていた。兄が再び希望を見つけられるようにと、彼女の祈りが叶った瞬間だった。


 外では、夕陽が完全に沈みかけ、空は深い紺色に染まっていた。リビングの中で静かに時が流れる中、二人の心には、新たな始まりを予感させる光が灯っていた。


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